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一瞬の旬、あんずの里へ。

早朝4時に起きて、父の運転する車に乗り込む。横浜の実家から向かう先は、長野県千曲市。あんずの里だ。

あんずを生で食べることは少ないのではないだろうか。

じつは、生のあんずはあまり流通していない。旬の時期が短く、傷みやすい。しかも熟すとあまり日をおかず勝手に木から落ちてしまうので、収穫も大変だからだ。

でも、甘酸っぱくてみずみずしくて、一瞬の旬の味という希少性を抜きにしてもおいしい。それに実と種が離れやすく、皮をむくことなく手で簡単に半分に割ってかじれるので食べやすい。木からもいで、すぐに食べられる。

旬の季節に思いっきり生のあんずを堪能できるのが、長野県千曲市のあんずの里なのだ。

数年前から、とくに魅力にハマり続けている父は毎年必ず、このあんずの里を訪れている。(わたしは仕事などで毎年は行けていない)

そして今年も。わたしは助手席で寝ているだけで、気づくとあんずの里に付いていた。

父に起こされて、ぼうっとしたまま車窓の外に広がる山のなかの里の風景に見惚れる。畑だけでなくふつうの住宅の庭先にも、あんずの木がいたるところにあって、オレンジ色のまるまるとした実が重たげに枝にたくさんついている。しあわせな風景だ。

少しだけ時期が早かったかもしれない。来週末に行ったほうがよかったかも。ただ、旬が短いので完全に逃さなかっただけ幸運だ。

あんずにもいろんな品種があって、私たち親子のあいだでは「ハーコット」という品種が人気。生で食べるのに適していて、やわらかくジューシーで甘さと酸味が濃い。せっかく生で食べるならこれを、といつも数カ所の直売所やあんず狩りをしているところを回って「ハーコット」を探していく。

今回は、最初に訪れたところで、ハーコットはなかったものの「甚四郎」という生食向きの品種をオススメしてもらって買った。
あんず酒を漬けたいのだとおばちゃんに相談すると、作りかたと「信山丸」というそのままでも食べられるけれど加工用に向いている品種を教えてくれた。おばちゃんも毎年あんず酒を漬けているという。

「いま漬けて、11月くらいに実を取り出してお湯割りにしたらおいしいわよ」
「うわあ、楽しみ!絶対やります」
「夏には氷水で薄めて飲むと、もういくらでもイケちゃうの」
「ああ、いいですね。そうだ!これから、あんず狩りもどこかでして行こうと思ってるんですけど、オススメのところありますか?」

にこにこ話していたおばちゃんが瞠目する。

「あんず狩りなんて、もったいない! この奥にいっぱい木があるから、品種もいろいろあるし、すきにもいで食べていって。収穫してるひとたちに、ここでアタシにそう言われたって言えばいいから」

あんず狩りをする場所でもないのに、おばちゃんにそう促されて、父とあんずの木が並ぶ畑まで降りていった。

おじちゃんたちが収穫しているところにお邪魔して、少し遠くから大きな声で話しかける。

「おはようございまーす! すみませーん! 上であんず買ったら、もいで食べていっていいよって言われたんですけどー!」

おじちゃんたちが笑う。

「おお、いいよ! でもなあ、熟してるように見えて、かたくて食えねえやつもあるからなあ」
「え、見た目は一緒なのに?」
「そうなんだよ。これとか、熟して見えるだろ? 食べてみ?」

近づいて、オレンジに染まったあんずを受け取る。かじってみる。かたい。渋い。

「うええ、見た目は熟してるのに、小学生のときに食べた青梅と同じ味がする!」

おじちゃんたちが笑う。

「見た目じゃ分かんねえからなあ。そうだ、収穫してカゴに入ってるのが置いてあるから、そっから食ってけ。それならうまいから」
「え、いいんですか?」
「いいよ、いいよ」

父と畑を歩きながら、あんずをいくつか食べる。

「ね、前もここわたしがいないとき、買いに来てたんでしょ? 前はここであんず食べていかなかったの?」
「おじさんがそんな話をするわけないでしょ。ただ買って帰ったよ」
「ふーん」
「おじさん同士で、話すことないから」
「こんなにおいしいのになあ」

わたしはふつうに話しかけていただけなのに。おじさんっていうのも、大変だなあ。歳をとると、コミュニケーションは変わるのだろうか。わたし自身もずっと昔なら人見知りを発揮して話しかけられなかったかも。ひとは変わるんだな。

とにかく、気持ちも気前もいいあんずの里のひとたちに、感謝。

車のなかでも、おいしくてついつい食べてしまう。


大満足で、帰りに信州そばを食べたり、道の駅に寄って買いものをして、夕方には東京に帰ってきた。今年も、いい日帰り旅行だったな。

さっき買ってきたあんずを洗って、乾かしている。明日にでもあんず酒を仕込みたい。

来年も、ちゃんと時期を農家さんなんかに電話したりして問い合わせて、父と旬のあんずを食べに行こう。

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