人生で初めて逮捕された②

小説ですと言いたいところですが、ブログです。まぎれもない事実であり、
自分の中でこのことを絶対に風化させないために、向き合うために文字に起こし記録し、公開しようと思いました。ただ、この一件は被害者様は勿論、関係者様が数多くおられますので、一部詳細な記述は避けています。

酒に飲まれ、目が覚めると取り調べ室にいた。警官とやり取りを繰り返すうちに記憶の断片が蘇り自分がしてしまったことを思い出した。しかしそれはあくまでほんの一部に過ぎなかった。

『他に思い出せることはないのね、、』警官は少しため息をつくと立ち上がりドアを開けた。左手で外にいると思われる男に手招きをすると別の警官が取り調べ室に入ってきて、状況を耳打ちしている。一言二言会話するとそのもう一人の警官が彼と交代で椅子に掛けた。彼からも他に何か思い出せることはないかという問いを受け、思い出せませんというやり取りをして沈黙が続いた。彼もため息をついてドアへ向かい交代を呼んだ。同じようなやり取りを警官が交代する度に繰り返した。『あの、僕が何をしてしまったかすべて教えて頂くことはできませんか』
この質問をしたのは警官が5,6回交代した後だった気がする。2人目の長身の警官に『他には?』と聞かれた時は何も知りたくないと思っていたが、時間が経つにつれ、早くすべてを知りたいという気持ちの方が勝っていた。
どうやら、記憶が無いと言っている被疑者に対して警察側から起こったことを説明してしまうと誘導尋問のようになってしまい、冤罪を防ぐために基本的には被疑者に思い出してもらうように促すそうだ。しかし、僕はどれだけ考えても事件のことが思い出せなかった。
『ちょっと待ってね、』女性の刑事は困惑した表情のまま、ドアへ向かい『〇〇さーん、今いいですか?』40代ほどの恐らく彼女の上司と思われる刑事を呼びドアの辺りで相談し始めた。40代の刑事は僕の方を一瞥して渋々何かを了承するかのような返答をすると、彼女は取り調べ室を出てどこかへ向かっていった。
数分も立たないうちにノートPCと分厚いリングファイルを持って彼女は取り調べ室に戻ってきた。ノートPCとリングファイルを机に置き彼女は席に着いた。机に置いたリングファイルにはタイトルが書きこまれていて、一目で自分が起こした事件の資料がまとめられているものだということが分かった。
彼女がPCのセットアップを終えると、目線を上げて『本当に何も覚えてないんだよね?』訝しそうに言い、僕が頷くと彼女は慎重に、ゆっくりと僕がしてしまったことの一部始終を詳細に、時系列順に、僕の行動とその時刻を一つ一つ述べていった。僕の行動を聞く度、お腹の辺りを柄の長い刃物でじわじわと深く差し込まれるような鈍痛がした。罪悪感と羞恥心も当然あったが、自分の行動の異常さ激しい吐き気を催した。下手してたら君が死んでたかもしれないと彼女に言われた時、いっそ死んでくれたらよかったのにと本気で考えた。罪悪感と羞恥心で今すぐにでも死にたいと思った。一通り自分の異常行動を聞いた後、10分ほど黙っていたと思う。取り調べ室の中は無音だったが、罪悪感、羞恥心、絶望、後悔、事件当時自分への殺意、マイナスな感情が次々と沸き上がり、僕の頭の中で地震警報のようにけたたましく鳴り響いていた。

突然ドアがノックされた。僕はビクっとしてドアに視線を向けると、彼女はそれを予期していたかのようにすっと席を立ちドアを開けた。ドアの向こう側には3,4人の刑事が立っていてこちらへ向かってきた。刑事たちは僕を取り囲むと、彼らの後ろから彼女は遠慮がちに席に着いた。先ほどの40代の刑事が僕の横にしゃがみ僕と目線を合わせぐっと顔を近づけた。『君ね、いくら飲みすぎで記憶ないって言ってもごめんなさいじゃ済まないことしてるから。だからね、』彼はそういうと彼の横に立っていた一番若そうな刑事に『おい。』と言って僕の方へ顎をしゃくった。若そうな刑事は青いクリップファイルを持っていた。慣れない手つきでクリップファイルを開き中に閉じられている一枚の紙を上から順に読み上げていった。慣れていないためか僕に向けて書類を見せようとしているものの、彼も文章を自分の視界に入れたいらしく中途半端な角度に書類が向いていた。固い文章を抑揚なくどもりながら自信がなさそうに音読していたのでその書類が何を伝えるものなのか初めは理解できなかった。ただ、最後に”逮捕”という単語が鼓膜をかすめた。聞き間違いだ。というフレーズが何度も頭の中で再生された。これはきっと次同じことをしたら逮捕するぞという書類なんだ。必死で自分に言い聞かせた。そうでもしないと暴れ出しそうだったから、自分がしたことを詳細に聞いた結果、数分、あるいは数十秒後に自分が23年間積み重ねたものが消し飛ぶということを本当は理解していたから。
必死で自分を守るために希望的観測が絶望を抑え込もうとしていた。
きっと若い刑事の説明が僕に伝わっていないと感じたのだろう。40代の刑事はしゃがんだまま僕に顔を一層近づけて
『今説明があった紙だけどね、あれ、”逮捕状”だからね。』
老人に説明するように一言一句はっきりと大きな声でそういった。

『僕、、、逮捕される、、、ってことですか、、?』
無意味な質問をした。
目の前に座っていた女性刑事は頷くこともなく、僕に哀れむような視線を向けた。
このとき僕の脳は逮捕状を提示されても、僕が知らないだけで断る手段があるんじゃないか、何か、何か大事にならないような逃げ道があるんじゃないか。そんなことを考えていたと思う。
でも、本当は全てを諦めていた。希望的観測が決壊したとき自分は激しく取り乱すと思っていた。もう希望的観測は生理的な反応であって絶望はすでに自分を飲み込んでいたんだと思う。
無意味な質問から数秒の間があって40代の刑事は自分に手錠をはめた。一切抵抗もせず、手錠をされて、椅子にロープで縛られてからも、目の前の女性刑事淡々とお互いに事務的なやり取りしていた。

今日は留置所に拘留され、明日検察庁に向かい、簡易裁判を受け、拘留されるか10日間拘留延長されるかが決まるとの説明を受けた。
絶望はしていたが、受け答えの雰囲気は市役所で住民票記載の住所変更の手続きをしているようだったと思う。
どうやら僕は強烈な絶望に晒されるとため息をついたり、うなだれたりすることも出来なくなるようだ。
その後ロープに引っ張られながら写真撮影、指紋の採取、身体測定等を行った。事務手続きの際、自分は罪人のはずなのに丁寧な敬語を使いやたら下手に出てくる警官たちに違和感を感じたことを覚えている。まるで接客をされているような感覚だった。視線を落とすたびに目につく手錠とロープが場違いかのように錯角してしまうようだった。
一通り手続きが終わると官房に案内された。自分が思い描いていた牢屋よりも明るく、全体としてパステルカラーを基調にした内装だった。
ただ、あくまで犯罪者を隔離する施設であることは間違いなく、
刺青の入った”いかにも”といういで立ちの人たちの無数の視線が柵の中から自分に向けられた。恐怖心もあったが、落ちるところまで落ちたんだ、と再度冷静に認識した。
自分の房の前まで案内されると手錠を外され、ボディーチェックをして中へ入った。
床に座るとどっと疲れが出てきてそのまま寝てしまった。
自分は犯罪者のくせに寝ているのに注意されないんだ、とまどろみながら意外に感じていた。
留置所初日は正式な就寝時間までさほど時間が無かったものの、ほとんど寝ていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?