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映画『逆光』~瑞々しい若い才能と出会った脚本家渡辺あやの挑戦

(C)2021「逆光」FILM

渡辺あや脚本&須藤連監督・主演のコンビで自主制作された映画。1970年代の尾道が舞台。「地方から東京へ」という従来とは逆の配給方法で公開されたということで話題になっている。映画のロケ地である尾道から公開され、京都・東京と順次展開、宣伝方法も尾道から始め、自主宣伝・自主配給という異例の手法が取られた。

須藤連は、2017年のNHKドラマ『ワンダーウォール』に主演し、脚本家の渡辺あやと知り合ったそうだ。映画『ジョゼと虎と魚たち』(03年)から、朝ドラ『カーネーション』(11年NHK大阪)、テレビドラマ『エルピスー希望、あるいは災いー』(22年関西テレビ)など数多くの話題作を書いてきたプロの脚本家・渡辺あやは、若い俳優であった須藤連の「卓越した才能」に惚れこみ、その映画作りへのエネルギーとパワーに魅せられて、一緒にキャンペーン等全国を巡回上映しながら行動を共にしている。

渡辺あやの以下のコメントは、札幌でのトーク会場でも彼女が話していた内容だ。

一度でいいから、どこからの依頼でもなくなんの企画会議も通さず、ただ純粋に「作りたい」という理由で作品を作ってみたいものだと思いながら、そんな自由は叶わぬ夢だと長らく諦めていました。
ところが去年、突如「よし、そういうのを作るぞ」と思いたったのは、やはり緊急事態宣言下という、あらゆる仕事が吹っ飛び、日常がすべて崩壊したような時間の中で、それはかつてなく切実な、作家としての生存本能のような衝動だったと思います。
そうして須藤蓮監督とお互いの持続化給付金を持ちよって、若い役者やスタッフたちに声をかけ、ただ「自分たちが作りたいものを作る」ことを唯一のルールとして、この世に生まれてきたのがこの「逆光」です。
闇の中にみずから土を持ち上げて芽吹く緑が時々底知れぬ力を見せてくれるように、本作もその完成に至るまでの過程の中で、びっくりするような希望の景色を私にたくさん見せてくれました。
本作のそんな生命力が、これから誰かの心に「生きたまま届く」ことを夢みて、ワクワクしております。
(『映画ナタリー』記事より)

さてこの映画は、三島由紀夫がベースにあり、若者の恋と愚かな自意識をめぐるひと夏の物語だ。都会育ちの先輩の吉岡( 中崎敏 )を連れて尾道に帰郷した主人公の晃(須藤連)は三島由紀夫好き。同ながら吉岡への憧憬のような特別な思いを抱いていて、吉岡にも三島を読むことを勧める。その青臭い文学青年の晃の達成できぬ恋と自意識。田舎に住む看護師をしている幼馴染の文江(富山えり子)と路地ですれ違うが、先輩の前で最初無視する。そんなところに、都会に引け目を感じる田舎のコンプレックスが滲む。幼馴染みの田舎娘を都会の洗練された先輩に紹介できない。そして何を考えているのか分からない自由奔放なみーこ(木越明)と4人で過ごすひと夏が描かれる。先輩の吉岡が持つ<都会と自由>と文江に代表される<田舎と保守>が対比的に描かれている。

そして坂の上と下、階段、ニ階と一階の上下の関係を意識的に使っている。吉岡が上を歩き、晃は下を歩き、あるいは下にいて、上にいる吉岡を見つめている。そして晃は下にいる文江を上から見下ろしている。

最後に三島の『反貞女大学』というエッセイが引用される。「恋というものは、社会と正面衝突しなければ本当の恋ではなく、その時代の社会に有害と考えられるのでなければ、恋の資格はありません。そのときはじめて恋は文化に貢献したのであります」(『反貞女大学』より)
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ラストで使われるこの引用は、明らかに社会的通念とぶつかる男同士の恋のことを指している。祭りの夜、文江が晃のことを心配して、「吉岡さんはアンタの気持ちを知っていて、その気持ちを弄んでいるような気がする」と忠告する。

背中が陽に焼けてヒリヒリして眠れない夜、晃は吉岡のために氷枕を用意して、吉岡の背中の肌に乗せる。夜の蚊帳の中で、晃の気持ちのドキドキが伝わってくるシーンだ。ある日の夕方、晃は「町に行こう」と吉岡を誘うのだが、吉岡は突然「お腹が痛い」と苦しみだす。正露丸を買いに行ったおばさんがいなくなり、晃と二人きりになると、吉岡の腹痛は仮病だったらしく、寝転がったまま笑みを浮かべて晃を誘う。その後二人がどうなったのか、映画は暗転して何も示さない。そして吉岡が急に東京に帰ったことを晃は不機嫌に文江に告げるのだ。実際に起きたことを描かないで、二人の関係を想像させる脚本は上手い。正露丸を持って不機嫌な晃だけがそこにいる。彼の夏は終わったのだ。

映画は男2人の何もしないけだるい空気感を中心に描いている。二人でぼーっと寝転がって本を読んでいる2階の和室の場面がいい。あるいは、海辺の4人。「海に行きたい」と言っていたみーこが服のまま海に飛び込み、その後を追って吉岡も服のまま海に飛び込む。海に浮かぶみーこ。そして水辺でふざけ合う男二人を見つめる二人の女。特に何かがあるわけでもなく、4人の佇まいを中心に描いた尾道の夏がなんだか懐かしい。70年代の夏のけだるい時間がそこにある。坂の多い尾道の田舎の夏というのがいいのかもしれない。何もない田舎の退屈な空気。坂の上と下。蝉の声。

祭りの夜での核武装をめぐる若者たちの観念的な熱い討論とみーこの「ウチの親戚はみんなピカで死んだんよ」という言葉のギャップは、やや図式的な場面になってしまっているように感じた。

自由に踊り歌うみーこ。みーこを目線で追う吉岡。その吉岡を見ている晃。そして晃を心配しながら見ている文江。それぞれの一方通行の視線がやるせない。カメラはやや動き過ぎで、過剰なアップなどやり過ぎのような気もしたが、尾道の夏の空気はしっかり映像に刻み付けられていた。地に足をつけて田舎で暮らしている決して美人ではない文江の存在が、揺れる晃を、そして映画全体をしっかりと支えているように見えた。


2021年製作/62分/日本
配給:FOL

監督:須藤蓮
企画:渡辺あや 須藤蓮
脚本:渡辺あや
エグゼクティブプロデューサー:小川真司
プロデューサー:上野遼平
撮影:須藤しぐま
照明:原澤遥哉
録音:五十嵐猛吏
美術:露木恵美子
衣装:高橋達之真 木和田昴
音楽:大友良英
キャスト:須藤蓮、中崎敏、富山えり子、木越明、SO-RI、三村和敬、衣緒菜、河本清順、松寺千恵美、吉田寮有志

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