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小津安二郎の無声映画『淑女と髯』~変身する男性とブレない和装の強い女性

画像(C)1931年松竹株式会社

WOWOW放送の小津安二郎監督の初期無声喜劇の新音声版。声の出演は寺田農と中井貴恵。小津安二郎生誕120周年記念で様々な小津作品が見られるようになったのは嬉しい。特に未見だった初期の無声映画を見られたのは嬉しいのだが、音声を様々な役者たちによって付与させて放送するのは余計なお世話である。想像が削ぎ落とされる思いだ。無声映画は無声映画として見たい。WOWOWでは、これら小津の無声映画を現代ドラマとしてアレンジする試みがなされたが、それはそれで楽しめた。『出来ごころ』『生まれてはみたけれど』『非常線の女』『淑女と髯』『東京の女』『青春の夢いまいづこ』の6作。ドラマ版では『非常線の女』と『東京の女』が現代ドラマとしてのアレンジが個人的には面白かった。前田敦子と石橋静河が堂々と小津的な強い女性を演じていた。

さて、この無声映画シリーズ『淑女と髯』を今年最後に見た。なんとも立派な髯面の男の話である。『非常線の女』『東京の女』では女性が変身する話だったが、これは髯を剃ることによって男性が変身する話である。オープニングは、剣道から始まる。コントのような笑える剣道の試合で勝利した髯面の男、岡嶋(岡田時彦)は、強き男であり、道で不良にお金を巻き上げられそうになっている女性を助ける優しい男でもある。ところが、友人(月田一郎)の妹(飯塚敏子)の誕生パーティーでは、時代遅れの立派な髯が冷笑の対象にされる。女たちに冷ややかに一斉に笑われるアクションは、いつもの身振りの同調が使われている。『非常線の女』では、ダンスパーティーの客たちの同調する視線として描かれていたが、ここでもモダンガールたる女子たちに、同じ視線と笑いの仕草の同調で馬鹿にされるのであった。

その立派な髯のせいで就職が決まらない岡嶋に忠告したのは、冒頭でお金を奪われそうになるのを助けられた女性、広子(川崎弘子)であった。就職試験を受けに来た会社にいた広子は、岡嶋の部屋にやって来て「髯を剃ること」を提案する。そのおかげで岡嶋はホテルマンとして採用される。この就職面接の場面で、岡嶋の髯と社長の髯がソックリで、二人で同じ仕草を同時にする「身振りの反復・同調」がコメディとして使われている。

その御礼に広子の家を訪ねる岡嶋。バンカラな和装姿からスーツ姿に変身したのに裸足の足。それを隠すために、ももひきを引っ張って靴下代わりにするバカバカしいギャグアクションがあり、岡嶋の男らしいがお茶目なキャラクター造型を身振りの可笑しさで描いている。

岡嶋が働いているホテルに冒頭のお金を巻き上げようとした不良娘(伊達里子)が現れ、再び女性客のブローチ盗難騒動を引き起こす。岡嶋はまた髯男になって、不良娘を家まで連れてきて諭そうとする。この夜の車のシーンがなかなかいい。横顔の髯男ぶりが絵になるのだ。ここで洋装の不良娘の伊達里子と和装の川崎弘子が対照的な二人の女性として登場する。これは『非常線の女』の洋装のギャングの情婦の田中絹代と弟の姉、水久保澄子の和装姿と相似である。不良娘の伊達里子は、岡嶋に惹かれ、家にやって来た川崎弘子を見て、そのブレない強い心の同性の女性に惹かれ、心を入れ替えるのも同じなのだ。和装の女性の川崎弘子は、一途に岡嶋に惹かれており、不良娘が現れてもその気持ちにブレがない芯の強い女性として描かれる。小津安二郎の映画にあって、信念を持って弟を支えていたり(『東京の女』の岡田嘉子や『非常線の女』の水久保澄子)、一途に男を思う『淑女と髯』の川崎弘子のような庶民的な和装の女性に強く惹かれるものがあるのであろう。モダンガールのような洋装の現代風女性には、あまり興味がなかったのかもしれない。


1931年製作/75分/日本
配給:松竹

監督:小津安二郎
原作・脚本:北村小松
ギャグマン:ヂェームス槇(小津安二郎)
撮影:茂原英雄
美術:脇田世根一
キャスト:岡田時彦、川崎弘子、伊達里子、飯田蝶子、月田一郎、飯塚敏子、吉川満子 坂本武 齋藤達雄 岡田宗太郎

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