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『ブラッド・シンプル/ザ・スリラー』ジョエル・コーエン〜コーエン兄弟の緻密なサスペンスホラーのデビュー作

コーエン兄弟、ジョエル・コーエン監督の1984年のデビュー作を自ら再編集してブラッシュアップ。CS放送「ザ・シネマ」で放送されたもの。闇と光、暗がりの中で疑心暗鬼になった人物たちの姿を映像でつづっていくサスペンス・スリラー。余計な台詞がなく、人物関係もいたってシンプルで登場人物も少ない。だが騙し合いやフェイク写真も使いながら、死んだと思っていた男が動き出したり、私立探偵などのキャラクターも不気味で際立っている。ライターや拳銃など小道具も効果的。コーエン兄弟らしい、緻密に演出されたサスペンス映画。フランセス・マクドーマンドはジョエル・コーエンのデビュー作に出演し、後に結婚し、コーエン兄弟の映画には欠かせない存在になる。

アメリカ南部、テキサスの片田舎。雨の中で車を運転しながら会話する男女の後ろ姿。顔は見えない。フロントガラスの雨とワイパー。女は夫から拳銃をもらったけれど「夫を撃ち殺してしまいそう」と物騒なことを言っており、夫婦関係はあまりうまくいっていないらしい(結果的にその予言通り、妻の銃で殺されてしまう夫)。隣の男と性関係を結びそうな空気になって、モーテルでの男女のベッドシーンが闇の中でチラッと映し出される。酒場を経営するマーティ(ダン・ヘダヤ)は、妻のアビー(フランセス・マクドーマンド)が従業員レイ(ジョン・ゲッツ)と浮気しているのを私立探偵(M・エメット・ウォルシュ)から写真を見せられ報告される。探偵のワーゲンのビートルが二人をつけていた。古代ギリシャでは「悪い報告は首を切られるんだぞ」とマーティから脅される探偵。

マーティは妻を取り戻そうとして、指を噛まれて負傷する。その指にギブスが付けたマーティは、ある日私立探偵を訪ね、妻のアビーとレイの殺害を依頼する。報酬は1万ドル。アリバイ工作のため地方に釣りに行っていたマーティの元に私立探偵がやって来て、二人の殺害されたベッドでの写真を見せられる。そして死体は始末したと言われる。マーティの釣ってきた4匹の魚の下に探偵のライターが置きっぱなしのままになる。

金を探偵に渡した直後、探偵にマーティは銃で撃たれる。妻のアビーが持っていた銃を探偵は盗んできたのだ。その夜、死んだと思われたレイが酒場に現れ、マーティの死体を目撃し、アビーの拳銃を発見する。殺したのは妻のアビーだと勘違いする。酒場の裏にある焼却炉の闇夜に燃える炎が何度も映し出され、血を拭いたタオルが焼却炉に投げ込まれる。レイはマーティの死体を車に乗せて畑の中に埋めようとするが、マーティはまだ生きていた。マーティが車から出て動き出すところはゾクッとする。死人が生き返ったのかと思う。アビーの拳銃でレイを撃とうとするが弾が出ない。そのままレイはマーティに土をかけて生き埋めにしてしまう。この闇夜の生き埋めシーンは不気味だ。後部座席のタオルにいつまでも血が滲んでくるところなども上手い。死が染み出してくる。

私立探偵の顔には蝿がいつも飛んていた。探偵がレイとアビーが血を流して死んだ写真を焼くことで、証拠は合成写真だったことがわかる。だが探偵は自分のライターを現場に忘れたことに気づく。すべて始末したとレイはアビーに伝えるが、アビーはなんのことか分からない。次第にできる二人の溝。アビーは荒れた事務所を訪れ、レイが事務所のお金を盗んだと思い込む。金庫の盗まれた金、死んだはずのマーティの留守番電話の声、さらにアビーの夢に出てくるマーティ。死んだはずのマーティは生きているように彷徨い続ける。そこへ私立探偵が襲い掛かってきて、レイが撃たれてしまう。

アビーはレイがマーティに襲われたと思って隣の部屋に逃げるが、襲ってきたのは私立探偵だった。隣の部屋の窓から出した探偵の手にナイフを突き立てるアビー。ナイフを伸ばした手に突き立てられて、体も動けなくなった探偵が隣の部屋に発砲して壁に穴が開く。そのいくつもの穴から漏れる光。アビーは最後まで隣にいる男がマーティだと思って、壁の向こうの男に向けて拳銃を撃つ。その見えぬ相手との殺し合いのサスペンスシーンが素晴らしい。

観客は死んだと思われていた男が画面に現れ、男も死んだと思って埋めようとした死体が動き出し、死んだはずの男から電話があり、女は死んだ男に襲われていると錯覚する。死んだはずの男はなかなか死なず、誰が殺したのか、誰が金を盗んだのか?分からなくなる。その勘違いとフェイク写真とゾンビのような死体。夫に贈られた妻の拳銃が次々に人の手に渡り、欲望と嫉妬と暴力による殺人がその拳銃で行われる。ライターやナイフなどの小道具も上手く使いながら、闇夜のサスペンスが展開していく。机の上に放置された4匹の魚は登場人物の4人のように腐臭を放っていくようだ。

ユダヤ人監督であるコーエン兄弟は、ユダヤ教的意味合いで映像演出していると言われている。マーティが探偵に殺人を依頼しに行く小高い丘の賑わいなど、ちょっとよく分からない場面もある。死ぬ前に探偵が見た水道管は何を意味しているのか?ダビデの星なのか?3発しか入っていない銃弾、拳銃の暴発、壊れた金庫からいつ金が盗まれたのか?なども分かりにくい。やや仕掛け先行になっているところもある。いずれにせよ、デビュー作とは思えない計算されたサスペンス映画だ。


1984年製作/99分/アメリカ
原題:Blood Simple.

監督:ジョエル・コーエン
製作総指揮:ダニエル・F・バカナー
製作:イーサン・コーエン脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
撮影:バリー・ソネンフェルド
音楽:カーター・バーウェル
キャスト:フランシス・マクドーマンド、ジョン・ゲッツ、 ダン・ヘダヤ、M・エメット・ウォルシュ、サム=アート・ウィリアムズ、ウィリアム・プレストン・ロバートソン

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