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小津安二郎の犯罪メロドラマ珍作『非常線の女』~昼と夜の二つの世界を行き来する女

(C)1933松竹株式会社

小津安二郎には珍しい犯罪メロドラマで、ずっと観たかった映画だ。小津安二郎生誕120周年でWOWOW(新音声版)4Kデジタル修復版として放送された。無声映画の字幕に中井貴一と竹下景子の声を入れている。

無国籍的ななんとも奇妙な映画だ。与太者の岡譲二はソフト帽にダブルのスーツ、彫りも深く、アメリカのギャング映画のようだ。昼は会社のタイピスト、夜はギャング(与太者)の親分の情婦に変わる女を田中絹代が演じている。昼の会社ではセーターなどの地味な服を着ているが、夜は背中の開いたセクシーなドレス姿に変身。ダンスホールでは女王のように振る舞っている。田中絹代はもともと庶民的な顔立ちであり、鼻も低く、欧米的な鼻筋の通った派手な顔ではない。だからどうしてもギャングの情婦には見えない。ドレスの肩がズリ落ちて胸が露わになりそうな場面もあるが、どうも色気がない。ミスキャストとしか思えない。ピストルを唐突に持ち出して、恋敵になる水久保澄子にピストルを構える場面がある。田中絹代と水久保澄子、配役が逆の方がよっぽど似合っていたはずだ。このピストルを構えた後で彼女に近寄り、接近した足下だけが映った後に、水久保澄子にキスをしたようなシーンがある。「憎いけど、あんたが好きになっちゃった」と言って、ギャングの情婦が弟(三井弘次)思いの庶民的な女性を好きになるのだが、なんとも急展開で説得力もなく戸惑う。

オープニングの人びとが行き交う俯瞰の映像、人の影が強調されていて印象的だ。会社内のタイピストたちのカメラの横移動と壁に掛けられている時計と帽子。オフィスの個室に田中絹代が呼ばれ、社長の息子にルビーの指輪をプレゼントされる。社長の息子と街で別れて歩く田中絹代の両側に、男たちが並ぶ。彼女を「姉御」と呼び、どうやら与太者の手下たちのようだ。そしてボクシングジムにやってくる岡譲二。吊り輪が何度も映し出される。そこに若い新入りボクサーがいる。物語は、与太者カップルと堅気の姉とチンピラの弟の話だ。ギャングの岡譲二のところに手下になりたいとやって来た新入りボクサー、学ランと学生帽の三井弘次は、次第に学校をサボって与太者になっていく。ビクターのレコード店に勤めて弟を支える姉(水久保澄子)だったが、和服姿で岡譲二を訪ねてきて、「以前のような弟に戻して欲しい」と懇願する。岡譲二は、弟思いの姉のために、弟を呼び出して「お前はロクな与太者にはなれない。諦めてまともになれ」と諭す。コートの襟を立てて夜の石造りのビル街を歩く岡譲二は、なかなかカッコいい。

岡譲二は、弟の姉の水久保澄子に惹かれていくが、恋敵の田中絹代が水久保澄子に会って、彼女のような堅気の女になりたいと心を入れ替え、岡譲二にヤクザ稼業から足を洗うように懇願する。二人はケンカになるが、姉の会社の金を使い込んだ三井弘次のために、最後の犯罪に手を染め警察に追われることになる二人。毛糸や部屋に散乱したモノたちが何度も映し出される。拳銃を持って窓から逃げて屋根を上から飛び降りるアクションもあり、夜の街を二人は逃げる。しかし、田中絹代は「警察に捕まって、最初からやり直そうよ」と言い出し、それでも行こうとする岡譲二を背後からピストルで撃つ。最後は二人は抱き合いながら警察に捕まって映画は終わる。岡譲二が「俺の腕の中で飛び込んでおいで」と何度か言葉を発し、田中絹代はそのたびに全身で彼の元に身体を預ける。ボクシングのパンチのアクションを田中絹代がしたり、岡譲二が田中絹代の顔を指先でいじったり、同じ動作が何度も反復されるのはいつもの小津映画と同じだ。ただ物語としては、展開に説得力がなく、あまりうまくいっていない。

ダンスホールにいた人たちが、一斉にみんなで左を向いたり右を向いたり、同じ動作を同調させるアクションがあったり、横移動の撮影も珍しく何回か行われている。派手なアクションこそないが、堅気の世界と与太者たちの二つの世界を行き来して引き裂かれる奇妙な映画で、アメリカのギャング映画の影響が大きさが感じられる。


1933年製作/100分/日本
配給:松竹

監督:小津安二郎
原作:ジェームス・槇(小津安二郎)
脚本:池田忠雄
撮影:茂原英雄
美術:脇田世根一
キャスト・岡譲二、田中絹代、水久保澄子、逢初夢子、三井弘次

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