元カレが捕まった話
タイトルからして出オチ感しかないが、これ以上でも以下でもない。
元カレが捕まった話である。
世間で言われている付き合ってはいけない3B。
美容師、バーテンダー、バンドマン。
かなり偏見があると思うが、そう言われることも理解できないでもない。
私はこのうち2/3Bを制覇しているが、ここにもうひとつ新たなBを…舞台俳優を加えたい。
時は4年前へと遡る。
当時はコロナが流行る前の普通の生活だっため、大学を卒業し国家試験に受かった私は、全てのしがらみから解放され毎晩のように友人と酒を飲み明かしていた。
とあるバーでいつもの友人とくだらないおしゃべりをしながら飲んでいると、知らない男に声をかけられた。
長身長髪できゅっとしたキツネ顔の彼は、平日の夜だというのにデニムにビーサンという出立ちだった。
彼は広告代理店のサラリーマンであると自己紹介をした。風変わりで面白く、これがきっかけで連絡をとりあうようになった。
後日、私が扁桃炎で入院した時には『おとなのふりかけ』を全種類買ってお見舞いに来てくれたことを覚えている。それが決め手となり、付き合うことになった。
(病院のお粥は味がなくてドロドロして本当に美味しくないのだ)
しかし、のちに彼は舞台俳優だということが発覚する。
今思えば、その嘘に気づかない私も相当鈍い。
長髪で平日の夜にデニムにビーサンのサラリーマンはなかなかいないだろう。
「医療職の人間は社会の歯車と少し離れたところで社会生活を送っているから、社会の常識がわからない」
と言う人がいるが、たぶんそれは個人差があると思う。
とりあえず私はダントツで頭のネジが足りないということはわかった。
嘘をついた理由を聞いたがよくわからなかったのでそのまま付き合いは続けた。
友人には「職業詐称の時点でありえないからやめとけ」と言われた。
友人の言うことはいつも正しい。
ある日、チョイ役だけどそこそこ大きな舞台があるから観に来てほしいと言われ、観に行った。
結構ちゃんとした大きめのホールで、主演の俳優は刑事ドラマか何かで見たことがある人だった。
観劇後、差し入れを置いて帰ろうとしたら一緒に夜ご飯を食べようと連絡がきて、池袋で待ち合わせをした。
先程まで舞台に立ちファンに囲まれていた人と食事をしているのは不思議な感覚だった。
自分まで華やかになったような、秘密の関係のような何とも言えない気持ちだった。
あれが、俗に言う優越感というやつだったのかもしれない。
山手線のホームまで送ってもらい
「明日の千秋楽頑張ってね」
と言ってその日は解散した。
これが彼との最後の会話になるとは
その時の私は思いもしなかった。
次の日。
「舞台頑張ってね」と連絡したら
「ありがとう。今日は打ち上げがあるから連絡遅くなる」ときた。
その次の日。
一向に連絡はない。
気が抜けて体調でも崩したか?
打ち上げで飲みすぎて二日酔いか?と思い
心配だから気がついたら連絡してね
と一言送り様子を見る。
一週間経過。
待てど暮らせど私のLINEの通知は静まり返っている。
あ、これは切られたな、と思った。
携帯を無くしたとして、一週間も音信不通ということはあまり考えにくい。
華やかな世界の人だもの、一時の気の迷いで私みたいなのと付き合ってみたけど、きっと他に良い人が現れたのだわ。
坂本冬美も『夜桜お七』で歌っていたじゃない。
いつまで待っても来ぬ人と死んだひととは同じことだと。
そう、彼は死んだのだわ。
と、私は勝手に彼を亡き者とし、付き合っていた過去を葬った。
1ヶ月近く経ち
ある日一通のLINEが来た。
「連絡できなくてごめん。今朝出所しました。」
何度も読み返す。
未だかつてLINEのトーク画面で出所というパワーワードを見たことがなかったため、正直面食らった。
思わず出所とGoogleで検索するくらいには動揺した。
訳を聞くと、暴行事件を起こして捕まっていたという。
どうやら彼は刑務所ではなく拘置所で最大拘留期間の20日間拘留されていたらしい(調べた)
お金もないのでとりあえず実家のある田舎に帰ることにし、落ち着いたら連絡すると言われた。
しかしこちらとしては、彼はすでに殺した相手。
屍とは付き合えないので「そちらはそちらで頑張ってね」とかなんか適当な返事をし、これにて私たちの関係は幕引きとなった。
当時は音信不通になったことで色々としんどかったが、今となっては笑い話である。
冒頭で3Bに加えろと言ったが、人柄も演技も真っ直ぐな人だった。
彼は今何しているのか全く知らないが、またどこかで舞台に出て芝居を続けているといいなと思う。
私も次は、次こそは、捕まらない彼氏と薔薇色の舞台で能天気にコサックダンスでも踊りたい。
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