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最近涙もろいのは、元自殺志願者が子どもを産もうとしているから。

死にたいと思っているとき、冷静な判断が出来なかったり、周りがどれほど
心配してくれてるか気づかなかったり、自分を客観的に見られなくなる。

最近、死にたいと強く願う小学生の女の子の記憶が強く蘇る。

自分と周りの子を比較し、自分に欠けている部分ばかりを探し、人として保てなくなっている状態の心。

無意識に「死にたい。」と四六時中考え、遺書の内容や
自分の死後の周りの反応・生活をずっと考えていて、日常に起こる
出来事や会話はまるで頭に入っていないかのよう。

「死にたい。」じゃないかもしれない。
「生きていたくない。」こっちの方が近い気持ちかもしれない。

その子のことはよく知っていて、自殺を決行する前には、信頼できる人に
遺書を渡していた。

遺書を預けた直後、ある人・出来事と出会い、もう少しだけ生きてみようと思ったよう。
自殺を断念したのではなく、延期。少し先延ばしにしただけ。

すると、生き延びたその数日間で、ちょっとだけ嬉しい出来事があった。
「いま死ぬのはもったいない。」と感じ、また少し先延ばしにすることにした。

そして延びたその数日間で、今度は自分と同じ悩みを持つ人と出会った。

他の人には言えないような励まし方が、自分には出来た。と
価値のようなものを感じられた。

いま、その子は30歳を超え、お腹には新しい命が宿っている。

「自分にしか伝えられないこと、きっとある!」と使命感に燃え、
講演会活動やラジオ出演を頑張っている。

彼女の過去を知って、多くの人が「つらかったねえ、大変だったよね。」と
労う。

「でもいい。過去は過去で。つらい経験も、未来への力に変えて、人を幸せにしたいんです。」と胸を張る。

ブレない軸を持てたようで、安心。これでもう大丈夫。

私の出産予定は、今年の7月末。

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