SFショートショートです。

昔書いたショートショートです。

「妻」
 
 お爺ちゃんが体験したことのある不思議な話? そうだなぁ、工場に勤めていた時の工場長の話かなぁ?
 お爺ちゃんが工場勤めしていた時の工場長は三十年以上付き合いのある上司だったなぁ。不思議な話は確かお爺ちゃんが五十五歳の時だったから、工場長はあの時六十歳だな。
 工場長は若い頃から元気いっぱいのやり手でなぁ、欲しい物は奪い取ってでも必ず手に入れる人だったな。工場長っていう地位だって期社員との出世競争の末に勝ち取ったんだ。若い頃に結婚した美人の奥さんも、さえない男と結婚していたのを、強引に離婚させて結婚したと聞いたよ。あの工場長が唯一落ち込んでいたのは最愛の奥さんを乳がんで亡くした時だけだ。
 不思議な話があったのは、世界的に大流行した空気感染する伝染病が蔓延していた年だな。空気感染するから派遣社員が製造工場に出社できなくて、製品の製造ラインが止まってしまったんだ。かといって派遣社員の仕事を全て産業用ロボットで代行しようとすると莫大な金がかかる。
 そこで製造ラインに導入されたのが、当時農林水産省と経済産業省が開発中の人間が操作できる産業用変形菌だった。変形菌って何? 名に菌とついているがキノコやカビのような菌類ではなく、植物でも動物でもないアメーバの仲間だよ。産業用変形菌はマメホコリを改良して人間サイズに巨大化した物が使用された。
 この産業用変形菌っていうのは変形体を動物みたいに動かせる上に、目も耳もある変形菌で、派遣社員は自宅から思念を読み取るVRヘッドセットをかぶることによってネット接続された巨大アメーバみたいな変形菌を操作して製品を組み立てるんだな。なんせアメーバの仲間だから設備投資がすごく安いんだ。水と栄養だけで良いんだからな。
 その産業用変形菌なんだが、人間が思念でリモート操作するせいか製品組み立ての正確さや時間に優劣が出るんだよ。現場の製造ラインで一番器用で優秀な産業用変形菌は、伝染病が蔓延する半年くらい前に老人派遣事務所から派遣されてきた、河西さんって言う元システムエンジニアのお爺さんがリモート操作していたなぁ。
 ある日のこと、産業用変形菌を納入した農林水産省の官僚が工場長に
「この産業用変形菌は操作する人間の思念が具体的なら、理論的には別の生き物を作ることもできるんですよ」
 と自慢げに話していたんだ。それを聞いた工場長の部下の一人が河西さんがリモート操作していた産業用変形菌に
「離婚した妻がどうしても忘れられない。妻と同じ顔で年齢を三十歳若返らせた女を作ってくれ」
 とスマホに入っていた妻の若い頃の写真を見せて指示したんだよ。すると、産業用変形菌は製品の組み立て作業を中止して、人間一人が入るほどの大きさをしたオレンジ色の風船みたいにプクーッと膨れ上がったんだな。数日もすると中でだんだん人型の物が出来上がってきたのが透けて見えてきたな。一週間後に灰色に変色した産業用変形菌がパチンと弾けると離婚した妻が三十歳若返った姿の生物が出てきて、喜んだ部下は家に持ち帰ったんだ。
 それを聞いた工場長が
「私の亡くなった妻も、若い頃の姿で作ってくれないか?」
 と奥さんの若かった頃の写真を河西さんがリモート操作する産業用変形菌に見せて、注文したんだよ。
 注文された産業用変形菌は、前の二倍くらいの大きさに膨れ上がって中で人型の物が成長しているのが外から見えてきた。注文してから一週間後に工場長が来ると産業用変形菌は中途半端にプシュウと弾けて、中から若かった頃の工場長の奥さんが出てきたんだ。
 ところが、変形菌が作った工場長の奥さんは、お爺ちゃん達が止める間もなく、工場長を絞め殺してしまった。
 なんせ、殺人事件だったからな。警察とお爺ちゃんが
「何であんな物を作った? なぜ工場長を殺した?」
 と河西さんを問い詰めようとしてアパートに行ってみたら、アパートはもぬけの殻だったよ。アパートにあったパソコンの中には、河西さんが犯行理由をつづった書き置きがあって
「あの人造人間に工場長を殺すようにプログラムしたのは、四十年前にあの男が俺の女房を奪い取って自分のものにしたからだ! あの女は元々オレのものだ! 長年の恨みも晴らしたし俺は逃げるよ。ただし今の老人の身体ではない。一週間前から工場で作っておいた若い身体に、会社から借りたVRヘッドセットを使って俺の意識と人格をダウンロードしてそっちを逃がすのさ。サヨウナラ」
 と書いてあった。それを読んでいる時にお爺ちゃんのスマホに工場から
「今、河西さんが使っていた産業用変形菌の中から若い男が出てきて、追いかけようとしたら走って逃げていきました」
 と連絡が入ったから慌てて一緒にいた刑事さんに伝えたよ。
 結局河西さんは警察から逃げるのに成功したの? いいや。もし本当にネット回線を使って若い身体に意識と人格をダウンロードしたなら、アパートには用済みになった老人の身体が転がっているはずだし、警察にわざわざ書き置きで親切に教えないだろ?
 と言うことは工場から逃げた若い身体は逃げる時間稼ぎのためのおとりだ。とお爺ちゃんが警察に教えたおかげで、河西さんは警察の張った包囲網にアッサリ捕まったよ。
 河西さんは昔システムエンジニアだったからな。工場から逃げた若い男の身体は何かに追いかけられたら走って逃げろ、と思念でプログラムされた頭空っぽの木偶人形だったよ。
 まあ河西さんも過去の恨みで工場長を殺したが根っからの悪党と言うワケでもないんだ。河西さんがワシに変形菌から嫁を新しく作ってくれたおかげで、こんなにも可愛い娘や孫にも恵まれたしな。

「私のおばあちゃんって、変形菌から産まれた人造人間だったの?」
「河西さんがいなかったら、お前はそもそも産まれていなかったよ」

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