失恋女子と駅員の脱線コミュニケーション
ある夏の日の21時頃。
私はスキマバイトの帰りに、とある路線の終着駅のベンチで、浴衣を着たうら若き乙女が号泣しているのを目撃した。
大学2、3年生くらいの女性で、バッチリとメイクをキメていて、浴衣も髪飾りも凄く気合いが入っている。
この状態での号泣は、一緒に行った夏祭りで、片思い中の彼にフラれたか、または恋人に捨てられたか。
とにかく失恋して、涙が止まらないというシチュエーションしか考えられない。
ホームを歩く人の視線も目に入らないほどの泣きっぷり。
涙が溢れて止まらない様子。
(う〜ん、かわいそうだけど、外野は何も出来ないな)
と考えていたら、駅員さんが走って来た。
他のお客に、駅のホームで泣いている人がいると教えられたのだろう。
さて、駅員さんは何と話しかけるのか?
この事態を、どう収拾するのか?
私は、隣のベンチでこっそり注目していた。
てっきり慰めるのかと思ったが、なんと駅員さんは、こう切り出した。
「お客様、乗り換えをお間違いですか?」
(違ーーーう!
それ、絶対違ーーーーうっ!)
私は吉本新喜劇のごとく、ズッコケそうになった。
高校生ならまだしも、20歳前後の女性だ。
スマホも持ってるし、終電でもないのに、乗り間違えたくらいで、こんなに泣くわけなかろうがっ!
女の子は、駅員さんの最初の一言を無視して、ずーーーっと泣いている。
駅員さんは、再び口を開いた。
「お客様、目的地はどちらですか?⚪︎駅方面なら、×駅でお乗り換えください。そして、△△線に乗ってください。
⭐︎駅方面でしたら、◾️駅でお乗り換え後、◇◇線に乗ってください。なおJRへのお乗り換えはA駅から出来ます」
いやいや、だから、絶対、乗り間違えじゃないんだってばさ。
女の子は、グスグス泣き止まない。
駅員さんの3言目。
「もしかすると、下り方面に向かうご予定でしたか?」
そして、今度は下りバージョンの説明が始まった。
な、長い。
くどい。
どんだけ乗り換えバージョンがあるのだ。
絶対、上りも下りも、関係ないよー。
察しろーっ・・・。
駅員さんの4言目。
「大丈夫です!まだ終電までは時間があります。今のうちなら、どの線でも帰れますよ」
駅員さんが、電車の話ばかりするので、女の子はとうとう降参して、泣いたまま、到着した始発電車に乗り込んだ。延々と電車の乗り換えの話ばかりされて、ウザ過ぎて耐えられなくなったのかもしれない。
一部始終を見守っていた私も、同じ車両に乗り込んだ。
そして気がついた。
「そうか!駅員さんは、見事に業務用語だけで、号泣しているお客様の誘導に成功したのか!」
確かに「何泣いてるんですか?他のお客様の迷惑になりますので、場所を移動してください」なんて言ったら、とても嫌な感じだし、反対に「何があったんだい?」と相談に乗るような態度をしても、側から見たら「不適切な対応」と思われるリスクがある。
他者に「女の子をナンパする駅員」みたいな、悪意ある動画を撮られかねない。
女の子を当駅のホームから追っ払う、誰からも文句を言われない完璧な方法『乗り換えのご案内をしまくる』は、実は非の打ち所がない完璧な方法!?
全てを「乗換案内」だけで、やってのけた駅員さんは、実は頭の切れる優秀な方なのかもしれない。
でも、もしかすると、駅員さんが超イケメンだったり、または、もっとハートフルな対応をしていたら、『恋の乗換案内』にミラクルチェンジっ!してたシチュエーションだったかもしれないな。
残念!
不運な人を助けるための活動をしています。フィールドワークで現地を訪ね、取材して記事にします。クオリティの高い記事を提供出来るように心がけています。