見出し画像

Xで台無しになる『檸檬』(梶井基次郎)〜暗黒労働おとぎ話

とある京都の書店で、自己陶酔と情緒不安定を常とする大学生がアルバイトをしていた。

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧おさえつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか・・・

梶井基次郎『檸檬』🍋

彼は常日頃、このような心情の吐露をX(Twitter)に投稿していた。

肺尖はいせんカタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ

🍋

何故なぜだかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。

🍋


ごくたまに、街の写真付きの”つぶやき”も投稿していた。

汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗のぞいていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕むしばんでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀どべいが崩れていたり家並が傾きかかっていたり

🍋

察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。私自身を慰めるためにはアルバイトということが必要であった。たとえ時給が二銭や三銭のものであっても・・・

生活がまだ蝕むしばまれていなかった以前私の好きであった所が、ここ○善であった。

🍋

インターネットの怖さを知らない書店員は、
うっかり自分のバイト先の名を晒してしまった。






そして、ある日、その事件は起きた。

ある朝――その頃私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。せっかくのオフの日であったが、私はまたそこから彷徨さまよい出なければならなかった。

その日私はいつになく八百屋で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬れもんが出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。

🍋

結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛ゆるんで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。

🍋

私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅かいでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲うつ」という言葉が断きれぎれに浮かんで来る。

🍋

どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは○善の前だった。休日に職場の前を通るのはイヤだと、あんなに避けていた○善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。

私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。

🍋

しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪たまらなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。

🍋

私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングルの橙色だいだいろの重い本までなおいっそうの堪たえがたさのために置いてしまった。

🍋

――なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。

🍋

「あ、そうだそうだ」その時私は袂たもとの中の檸檬れもんを憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」

🍋

 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬れもんを据えつけた。そしてそれは上出来だった。

🍋

見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃ほこりっぽい○善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。

🍋

不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。

🍋



書店員はおもむろにスマホを取り出し、積み重ねた本と檸檬の写真を撮って「#黄金色に輝く恐ろしい爆弾」と称して、Xに投稿した。

変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ほほえませた。○善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が書店員である私で、もう十分後にはあの○善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。

🍋


私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな○善も粉葉こっぱみじんだろう」

🍋






しかし木っ端微塵になったのは、この書店員自身の未来であった。



たちまちこの投稿は、”ネット炎上仕掛け人”や”鬼女”ら"特定班"の目に止まり「バカッター発見!」と大拡散をされ、この書店員が働いている○善の電話回線がパンク状態になるほど苦情の電話がかかってきた。


この○善の店員の悪戯はたちまちにワイドショーでとりあげられて、書店員は損害賠償金を払わされた挙げ句、懲戒解雇処分されてしまった。



それからというもの、他の業種の大企業でも従業員がこのようなバカッターにならないよう、会社に不利益な情報をネットに公開しないように注意喚起をしたり、罰則事項とその後の処分について明記した誓約書に署名を書かせるなどして、バイトテロの破壊行為を予防するにようになった。



※引用:梶井基次郎『檸檬』 青空文庫



※過去に突然閃いて、自動書記的に書いてしまった
 自分でも謎な二次創作でした。

不運な人を助けるための活動をしています。フィールドワークで現地を訪ね、取材して記事にします。クオリティの高い記事を提供出来るように心がけています。