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生まれなかったものに対する、もんもんとした何か #エッセイ

メダカが抱卵していることに気付いた。
12月という季節からすれば、とても珍しい。
一匹のメダカのお腹に、少し黄みがかった透明の卵が数個、ふさふさとついている。何となく、きれいだ。
今年の秋からメダカをお迎えした我が家では、初めて見る卵である。

基本的に、メダカは春から夏にかけて産卵する。
水温や日照時間の長さが、産卵に関係しているからだそうだ。

我が家のメダカ水槽は、特別なヒーターやライトで、水温や点灯時間を調整しているわけではない。
どちらかといえば、「自然に近い姿が見たい」と思って、餌やりや水替えなど、最低限の世話以外、特別なことをしていない。
だから、卵ができたことは、とても意外だった。
この数日、明るくて暖かい日が続いたせいかもしれない。

メダカを増やしたいなら、生まれた卵は、大人のメダカから隔離しなければならない。
なぜなら、大人のメダカは、メダカの卵や稚魚を食べてしまうから。
親メダカが自分で産んだ卵を食べてしまうことも、ザラにあるらしい。

そこだけ聞くと、「えぇ、共食い!?ショック!」と、思う。イヌやネコという馴染み深いペットからは、考えづらいところもあるし、人間的には、タブー感著しい。

けれども、メダカの産卵を詳しく調べると、納得するところもある。
春や夏のピーク時には、メスは毎日のように10~20個の卵を産むらしい。

これは、もう、あれだ。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ならぬ「小さい魚も数産めば生き残る」の論理だ。そして、数多き卵の多くは、同種・異種を問わず他の生き物の糧となり、生態系を底辺で支える存在になる、と。

ちなみに、稚魚は最初はミジンコのような、ヒトの肉眼では見るのが難しいようなサイズで生まれる。そりゃ、食べられちゃうよね。
鶏の卵は、人間にとっての必須アミノ酸をバランスよく含んでいるといわれるし、メダカの卵にも、メダカに必要な栄養がバランスよく詰まっているのかもしれない。特別なご馳走とでもいえるものなのかもしれない。

話を戻すと、飼育下では、大人のメダカから隔離しないと、卵や稚魚が水槽で育つ可能性は、ほぼないに等しい。守ってあげなければならない。

けれども、私には迷いがあった。

第1に、今の時期、卵が孵り、育つ可能性が極めて低い。
水温も、日照時間も、卵が育つには不十分だ。卵が孵れず、あるいは孵っても、稚魚が健康に育つ可能性は、低い。
第2に、これが有精卵なのかわからない。繁殖シーズンではないことから、無精卵の可能性も高い。そもそも育たない。
第3に、卑怯な話だが、一度、「いのち」として認識し、世話をしてしまえば、情がわく。情がわいてしまったものが、うまく育たなかったら—それが、たとえば無精卵である場合など、自分のせいではないにしても—とても、かなしい。

もんもんと悩みながら、外出した。帰ってからまた考えよう、と、思っていた。

帰宅する。メダカ水槽を覗き込む。
と、もう、メダカは抱卵していない。
卵を産み付けたんだ——そう思って、水槽の水草をじっと探すけれど、見つからない。
可能性は二つ。
私が見つけられないだけか、もう、卵はメダカに食べられてしまったのか。

もんもんとした悩みは、答えを出さないまま、選択する必要を失った。

いのちの営みは、神秘的だ、と言い始めたのは、だれだろう。
いのちは平等だ、尊いものだ、と言い始めたのも、だれだろう。
どこかの「えらい大人」が作った、やさしい虚構の物語なのだろうか。

どちらも、否定する気はない。
けれども、何よりも、いのちの営みとは日常的だ、と思う。
常日頃から営みは行われていて、ときに、あっという間に過ぎ去っていく。

それでも、いのちは平等なのだろうか。
たくさん生みつけられては、生まれることもなく消えていくいのちも、平等なのだろうか。
平等だ、というならば、すべては運の問題になってくる。
いわく「幸運な条件が重なったから、これは長生きした」「不運な条件が重なったから、これは生まれることがなかった」。
運ですべてが決まる、というのは、何か釈然としないようにも思う。

けれども、いのちが尊い、ということに対して、否定する言葉は特にない。
雑然と生まれ、生き延びなかったいのちも、おそらく尊い。他の生き物の糧になることも、尊い。
「なぜそう思うのか」は説明しづらい。端的に言えば、「そういう倫理観だから」という答えになってしまうのかもしれない。
ただ、精一杯に生きている生き物を見ていると、これは間違っていないように思う。

メダカの、生まれてこなかった卵たち。他のメダカのためになってくれて、ありがとう。わたしに、もんもんとした何かを、残してくれてありがとう。

本当は、心のどこかで、卵の君たちがひっそり生き延びていて、会える日が来ることを期待しています。
そのときは、守ってあげるからね。

*
お読みいただきありがとうございました。本当は全然違うことを書く予定だったのですが、卵の記憶を残しておきたいと思って書きました。少し感傷的な文章で、かつ水槽ネタが続いてしまって、すみません。

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