恋草 さよならの体温

出会ったのは5日前だった。


私の働く、浅草のバックパッカー。狭いチェックインカウンターをのぞき込むように立っていた。大きな手を差し出して、こんにちはと笑う。日に焼けた茶色の髪の香りは、夏の草原のよう。

アイルランドなまりの英語を聞きとるのは、むつかしい。私にもわかるように、ゆっくりと言葉をえらぶ彼の横顔はやさしい。

日本をぐるっと回って、そのあとアジアを数カ国旅するんだって。だから、もうお別れ。出会ったばかりなのに。

その日は送迎担当なのをいいことに、羽田までついていった。阿蘇山がみたいと、熊本行きのチケットを手に持つ。寂しいけれど仕方がない。だって彼は旅人なんだもの。

さよなら、と顔を上げたそのとき。ふわっと、あたたかいものに包まれた。

「またね。こんどは、ぼくの国にきて」

別れ際にハグするなんて、ずいぶんとズルい文化だよ。

さよならの体温が胸に残るうちに誓う。ぜったいに会いにいくよ。本気なんだから。

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