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お腹のうえの18キロ

「ねえ、お腹のうえにのっていい?」

寝るまえ、娘にそう聞かれるようになって、どれくらいの月日が経ったでしょう。あれは、娘が水ぼうそうにかかった直後だから、たぶんもう1か月にもなる。

身長111センチ、体重18キロちょっと。小柄で細身。しかしながら、立派に手足がにゅんと伸びた6歳児は、0歳の赤子とも、2~3歳の幼児とも明らかに違う。

仰向けに寝転がった私のお腹の上に彼女がのると、「うふふ」というほほえましい寝かしつけの雰囲気ではなく、思わずその重さに「うえっ」とみぞおちのあたりから声が出そうになる。重いし痛い。

それでも、まあ聞かれたら断らずにいようと思って早1か月。寝る前の数分間、私は18キロをお腹のうえにのせている。

***

6年ちょっとしか一緒にいないし、なんなら子ども一人しか育てたことない。だから、私が抱く「育児的」な感想は、すべてn=1の個人的な見解でしかない。

それでいて思うのは、人の成長にはずいぶんと揺れ戻しがあるんだなあ、ということ。

この1年間の娘の精神的成長はとても目覚ましい。わかりやすいのは、朝の小学校での別れ方だ。昨年は教室まで送り届けると、別れ際に彼女は涙を流し、なんなら私にしがみついて離れようとしなかった。

ところが、いまはどうだ。教室に入り、リュックサックを所定の場所にひっかけるな否や、お友達を探して駆け出していく。私が声をかけなければ、お別れのハグだって忘れる勢いだ。

半年前まで私の服の裾をつかんで離さなかった手を思うと、子どもとの距離は、変則的に、ときに一気に離れるのだと実感する。自分だって、そうやって大きくなってきたはずなのに。

順調に親離れの階段を上る娘は、ときおり、たまに頻繁に、ひゅっと元居た距離に戻ってくる。「おやつの袋を開けてほしい」なんて小さな欲求から、「寝るときはお母さんと一緒」「ずっとハグして」「ぬいぐるみ20個にキスをして」など、さまざまな「やって」の甘えん坊が飛び出す。

揺れ戻しの後ろには、はっきりした理由があったりなかったりする。娘に聞いても、まずもって明確な答えは返ってこない。甘えたい、受け止めたい気持ちを言葉にするのは大人にだって難しい。

怖い夢をみた。いっぱい外で走って疲れた。暑くて眠れない。寒くてお腹が冷えた。

言葉にできない、でも誰かに優しくしてほしい。そんな甘えや不安を、黙って抱きしめる。100%いつもは、きっと無理なんだけど。でも、できるかぎり。

***

今夜もまた、眠る時間になったら、お腹のうえにぺったりとくっつく娘がいる。

数分後には「あつい」なんて言って転げ落ちて。15分後には私の腕にしがみついて寝息を立てて。真夜中にベッドを横断し、私に頭突きをかましてくる。

心のなかでは、もうそろそろ一人で寝てほしいなあ、と思うんだ。パソコンの前で仕事をするお母さんを呼ばず、お父さんと一緒に寝て欲しいって夜もあるんだ。葛藤はここに書ききれないほどある。それでもまあ、「おかあさん」と呼ばれたら隣にいくよ。できるかぎり。

お腹の上で娘が抱きついてきたなんて、信じられないなと思う日が確実に来ることを知っている。


ようやく夏の日差しが沈んで、うすく暗くなった寝室の天井を眺めながら、撫でた娘の茶色の髪の毛が柔らかかった。それもまた、いつか思い出す子育ての一ページになるなんて。


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