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6歳の目線からみる詩の世界

子どもは、いつも私の知らないところから学んでくる。

娘は、6歳。日本でいえばこの春から小学校1年生だ。いま住んでいるニュージーランドでは5歳の誕生日から小学校に入る関係で、娘はすでにYear2(小学校2年生)である。

南半球では、12月から1月が夏休み。新年度は、2月からスタートする。進級した娘は、あたらしい環境を楽しんでいる。

朝、教室に向かい、お弁当箱と水筒しか入っていない大きなリュックサックをフックにかけると、わらわらと娘の友達が集まってくる。

彼女たちは、身に着けているものを見せ合いっこするのが大好きだ。買ったばかりの猫耳カチューシャや、ふわふわしたユニコーンのペンケース。水色でピンクの花模様のビーチサンダルに、おそろいの形のふんわりしたスカート。手にした宝物を、大好きな友達と分け合うように、キャッキャと声を立てて笑う。

私の腰ぐらいのあたりで、色合いの違う髪の毛が上機嫌で揺れているのを見ると、朝のはじまりはこんな風にいつも平和であってほしいと、心から思う。

友達の顔を見れば、母の存在を忘れるくらいには学校を楽しんでいる娘は、近頃、Poetry(詩)がお気に入りだ。

学校の授業で、どうやら詩の時間がある「らしい」。らしい、というのは、私がニュージーランドの教育体系をいまいち理解していないためで。ついでに言うと、教科書が存在しない初等教育では、何を学んでいるのか、把握しづらいというのもある。

だから、娘が目の前で詩を作ってくれるまで、彼女がもう詩を書く年齢であることに、私は気がつかなかった。

紙とペンを持ち、娘がさらさらと何かを書き出す。「みてみて!」の号令にキッチンから視線を向けると、そこには不揃いであり、規則性がある単語が並んでいた。


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Stripy Cats
Cats are soft,
Cats are cute.

Dogs
Dogs are noisy,
Dogs are fun.

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I Love
I Love TV,
I Love ice cream,
I Love Mum,
I Love Dad,
I Love Kittens,
I Love Cats,
I Love Dogs,
But most of all I love my life.


ひとつは、猫と犬について。もうひとつは、ひたすらに娘のお気に入りを書き連ねて。簡単な英単語で構成されている(綴りミスがあるのは、彼女が勉強途中ということ)

とても、シンプルだ。人を感動させる名文ではない。美しい情景が書き出されているわけでもない。ただ、「好き」の視点が詰まっている。

カラフルな文字を目で追いながら、私の口角はゆるみ、ちいさな詩人に笑いかけるしかなかった。

詩を読むのが好きだ。

小説とは違う、ある程度の限定された言葉のなかに、一瞬と永遠、過去と未来が内包されている。

限定的でありふれたディティールが、普遍的に人の胸に刺さり特別な記憶と感情を呼び起こす。そんな言葉たちが詩の世界であり、好きだなと私は思っている。

細部を書くために、目の前にある世界を正確にトレースすること。

口で言うのは簡単で、やってみると途方もなく難しい。なぜなら、目の前にある世界を正しく書き出すためには、目に映る世界と、心のなかを、きちんとつなげてあげる必要があるからだ。

午後のキッチンで、火にかけた銀色のマキネッタから、ポコポコとリズミカルな音を立て、ビロードのように光る漆黒の液体と黄金色の泡が沸き上がってくる。

そんな光景を書き出すとき、コーヒーの出来上がりを眺めていた私の心は、喜んでいたのか、楽しかったのか、さみしかったのか。喜怒哀楽の一言では分類しきれない感情をあらわすのに、できるだけカチっとピースがつながる言葉を探しにいく。

そのためには、心はなるべく体とつながっていたほうがいい。書く行為は、手と頭だけではなくて、五感を動員して書く。消耗しているときに、「書けない」となるのは、そのせいだろうな。

子どもの心の中は子どもなりに複雑で、6歳であれば6歳の世界が、すでに確立されていることを傍で見て感じる。

私の目の前にいる6歳の女の子は、喜びや好きというポジティブな感情を、心のなかでつかまえるのが上手だなと思う。

好きなものを、ありのままに、言葉で描写するのは、自分の好きを信じていないとできない。「こんなこと、好きって言ったら笑われるかな」「わざわざ私が好きって言わなくても」。心の雑音にごまかされずに、好きをつかみにいく姿勢は、まっすぐでちょっとまぶしい。


言葉にした世界は、その瞬間を持って冷凍保存される。

6歳がみた世界を映し出した、ちぎったノートに書かれた詩は、やりかけの塗り絵や日々上達する曲がった線のイラストに紛れて、きっと世界の片隅で見えなくなってしまうだろう。

だから少しだけ、大人からみた勝手な世界をここに残しておこう。6歳のとき、キミはとても素敵な詩を書いていたよ、って。


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