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エンジョイベースボールという言葉

エンジョイベースボール

第105回の甲子園は慶應高校の優勝で幕を閉じた。
慶應高校の選手・監督の皆さん、並びに関係者の皆さん、おめでとうございます。
仙台育英高校の選手たちをはじめ、高校球児の皆さんもお疲れさまでした。

技術的なことや戦力的なことなど細かいことはここでは言及しないが、
決勝を戦った両校はともに素晴らしいチームだったように思える。

慶應高校が”エンジョイベースボール”という言葉をモットーに掲げている、という事実のみが世間では先走りしているようである。
”高校野球の常識を変える”とか”漫画に描いたようなシナリオ”
というような表現も散見するがエンジョイベースボールとはいったい何なのだろうか。

自分で考えてプレイしてもっと挑戦しようという精神です。

https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20230822b.html

NHKのインタビューによると上記のモットーがそれにあたるようである。
慶應高校では選手が主体的に練習に取り組んでいて、メニューを決めたり選手の分析などをしているようである。

また、監督の次のような言葉もある。

「これまでの高校野球の指導者といえば、『俺の言うことを聞いていれば、甲子園に連れていってやる!』というカリスマタイプの方が多かったと思いますが、私は学生たちに『甲子園に連れてって』という方でして(笑)。極論すれば、学生たちがすべて考え、いるのかいないのか分からない監督が私の理想です。私はそうした環境を作るのが仕事。さっき、善波が練習内容の提案をしてくれましたよね? もしも、あそこで私が『ダメだ』と即座に却下したら、学生からは話をしに来なくなってしまう。それでは、慶応の野球ではなくなります」

https://number.bunshun.jp/articles/-/858527?page=2

なるほど。選手主体の野球。
これで甲子園を勝ち抜いたのである。
素晴らしいことである。

しかし私はこの優勝によって高校野球の歴史が変わるとは到底思えない。

エンジョイベースボールでの優勝の再現性

慶應高校を否定したいわけではない。
心から素晴らしいチームであり、優勝に値するチームであると思っている。
ただ、バックグラウンドを語らずに”高校野球の常識を変える”
などといわれると虫唾が走るような思いなのである。
このスタイルで勝利を収めるには、多くのアスリート、チームにとってハードルが高いように感じている。
理由を以下に述べる。

  1. 選手・監督の質
    自主性を重んじる、と往々にしてチームは崩壊する。怠ける人は怠ける。(そこそこお利口or競技に対してストイックな)優秀な選手とそれを束ねるキャプテン、そして求心力のあるコーチ陣や監督がいないと成り立たない。学生スポーツを見ているとやはり指導者のパワーは大きい。森林監督も素晴らしい指導者なのだろう。パワーをもってしてチームを引っ張っていくわけではないが、チームを良い方向に誘導していることがうかがい知れる。

  2. そもそもの強さ
    慶應高校野球部はそもそも弱いチームではない。毎年ある程度安定して全国大会を経験しているような選手を集めることができている。神奈川県という激戦区にあるだけに夏の大会を勝ち抜くことが難しいが、毎年のように県ベスト8、ベスト4くらいの成績を残している。選手たちは野球エリートなのだ。

  3. 資本
    https://keio-high-baseball.com/fieldofdreams-2/
    こちらを見ていただきたい。
    多くの強豪私立高校は設備が充実しているが、慶應高校においても同じである。練習環境というものは非常に重要である。
    またOBも天下の慶應というだけあってサポートが手厚い。応援も大群でやってくるしおそらく金銭的なサポートも素晴らしいものがあるだろう。

このチームが高校野球の常識を変えることができるのかといわれるとそれは不可能であるように感じる。
これをスタンダードにしてね♡などと言われた日には
全国の指導者が頭を抱えることだろう。森林監督すばらしい!
上下関係が激しくない、頭髪が自由、拘束時間が長すぎない、などの部分は見習うところがあるが、慶應高校に”エンジョイベースボール”をニュースタンダードにしようぜ!!みたいな流れにされても困り果ててしまうのである。おそらく専門性の高いトレーナーなどもついていることであろう。一般的なチームにはそれも難しいことだ。

notエンジョイベースボール?

慶應高校のやり方をエンジョイベースボールといってしまうと、
鬼コーチのもとでバリバリ練習するスタイルがnotエンジョイベースボールということになってしまいかねない。
が、私はそんなことはないと思う。
昨年の夏、第104回の甲子園は山口県代表の下関国際高校が前評判を覆して、2人の好投手を軸に決勝まで勝ち進んだ。このチームが非常に良い例である。決勝では仙台育英高校に屈したが朝から晩まで練習しかしない、野球のことしか考えないという(少し極端な)彼らのスタイルは慶應高校のそれとは真逆であるといえよう。しかし彼らは準優勝という立派な成績を山口に持ち帰ったし、彼らが野球をエンジョイしていなかったか、というと決してそうではない。彼らは生き生きとプレーをしていた。明らかに試合を楽しんでいた。慶應高校のスタイルをエンジョイベースボールと言い切ってしまうのは全国の鬼コーチ()に失礼である。
だいたい、今のハイレベルな高校野球シーンでは闇雲に練習するだけでは勝てない。強いチームは分析をしっかりして対策をするし、効率的な新たな練習法を積極的に取り入れないと強くはなれないのだ。

”エンジョイ”の形はひとつではない

”エンジョイベースボール”という言葉だけを切り取るメディアが気に入らない。
各都道府県予選から様々なドラマが展開されている。強豪も負けるし戦力以上の力をだすことのできるチームもある。スパルタな指導を行うチーム、のびのび練習させるチーム、さまざまなスタイルのチームがあると思うが、それぞれがそれぞれのスタイルでエンジョイしている。それは確かなことであるように思える。先ほども言及したが、髪型に対する制約がないとか拘束時間が長時間でないなどのスタイルは新たなマジョリティーになるかもしれない。しかし、”エンジョイ”という言い方にはすこし引っ掛かりを感じる。だからといって他のキャッチ―な表現を提示しろと言われても無理ですが。。
いろんなスタイルのチームがあって良いし、もちろん慶應スタイルも素晴らしいということを強調したい。

高校野球の新しい姿

監督が優勝インタビューで”高校野球の新しい姿、多様性に繋がるものになれば”とおっしゃっていた。
高校野球の新しい姿とは何なのだろうか。
今までも効率よく練習をして勝ち上がる高校もあった。
データを細かく分析して格上に勝利する高校もあった。
地元の子のみで勝ち上がる県立高校もあった。
圧倒的な戦力と徹底的な戦略を以て勝ち上がる高校もあった。
監督の神がかった采配がハマった試合もあった。
そのようなことを考えると今回の優勝は特別なものになるのだろうか?
と思ってしまう。
エンジョイベースボールという言葉はあまりに刺激的で、強い言葉だ。
プロモーション色があまりに強すぎるように感じる。
また、先ほど書いたようなバックグラウンドも反映されていない。
選手たちもエンジョイベースボール、で済まされないような厳しいことも経験してきているはずである。
この夏、慶應高校は強かった。
髪型云々練習云々にかかわらず、
良い投手、良い野手、良い監督がそろった良いチームだった。

それだけでよいのではないだろうか。
今大会で慶應高校のみが際立って特別なスタイルのチームであったとは私は思っていない。

小言

良い試合であったが、少しだけ文句を言いたい部分もある。
応援が非常に下品である。
数が多い、音が大きいということに関して何かを言うつもりはない。
さすがは名門慶應ファミリーである。としか言いようがない。
しかしストライクを取るたび、アウトを取るたびにどよめくのはどうなのだろうか。相手チームのエラーに際して歓声をあげるのもどうかと思う。
外野の人々にスポーツマンシップを要求するのはばかげた話だが、決勝での応援の雰囲気は非常に下品に思えた。あまりこの表現は好きではないが、学生スポーツらしからぬ応援である。あれでは相手の仙台育英チームがエンジョイしてプレーをするのが困難になってしまう。プレッシャーに打ち克つのもアスリートの仕事であるが、あれは必要でないプレッシャーであったように感じた。

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