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副キャプテン柳井

あれから。

野球部、頑張ってんな。秋季大会もうすぐだもんな。文化祭の出し物免除で今日も激しい練習に励んでいる。俺はその光景を、教室の窓越しに眺めている。副キャプテン柳井、絶賛サボり中です。

10月某日。文化祭前日。

ずっと考えてんのよね。あの日のことを。良い試合だったと思う。でも怪我人多過ぎな。大滝先輩、真澄先輩、鷲尾先輩、そして相手チームのキャプテン……10回裏、白星さんの放った打球は大空を舞った。誰もが勝った、そう思った。なのにセンターを務める馴北高校のキャプテンがスタンド直撃のダイビングキャッチ、結果、俺達は敗北した。然しそのプレーでキャプテンは負傷、馴北高校は戦力を削がれ、地区予選準決勝で敗退。

何か、なけなしに良い試合だったで終わらせちゃいけない気がする。この考えは明らかに桑田率いる新体制の熱血野球部に水を差すもので、俺は何だか部活に居心地の悪さを感じるようになった。結果、サボりの柳井爆誕です。その方が水を差し取るやないかい!なんてツッコミはご愛敬で。まあ結局、俺自身が冷めちゃったのよね、あの日を境に。

後悔もある。あの時俺が打ってたら。あの時桑田が判断ミスしなければ、最後白星先輩が決めていたら……勿論誰も攻めはしない、その後悔は自分の中で決着をつけなきゃならない。でも、折り合いをつけられなかったら?俺達の一生には、ずっとあの後悔が付きまとうの?そんなの、残酷過ぎるじゃん……。

考えると泣きたくなってきた。センチメンタルボーイ、ご愁傷です。誰も慰めちゃくれません。後悔なんて、誰の目にも見えないもんね。そりゃそうだ。誰か慰めてくんないかな。突然可愛い彼女が現れてくんないかな。可愛いと言うよりクールビューティーがいいな。出来ればちょっと年上が良い。「ふぅん、じゃあ勝手に泣けば」と冷たく突き放しながらも涙する俺の背中をヨシヨシ擦ってくれる女の子が良い。あー彼女欲しい。ヒールを履くと俺よりちょっぴり背が高くなる位の彼女が欲しい。クールビューティーな彼女……。

「柳井、何にやけてんの?」

ドッキンちょ。誰?藤谷先輩だ。明日の準備に校内をうろついてたのか、やべぇ、サボってるとこ見られた。つーか俺、この人に対してどんな後輩キャラだった?とりあえず、場を濁すことにしよう。

「先輩、髪伸びたっすねぇ」
「お前もな。たるんでんじゃねぇのぉ?」
「いや、俺等の代で坊主頭は廃止にしたんすよ。これからは爽やかイケメン野球の時代っす」
「え、マジ?!廃止出来たの?いいなぁ、もうキャラ作りしなくていいじゃん」

キャラ作りって、何言ってんだこの人?いつも剽軽なこの人は、あの日に後悔なんて何一つないんだろうな……試合でも大活躍だったし。何気に五打席三安打、俺と同じ軽いキャラなのに、雲泥の差……羨ましいなぁ。

「で、なんでサボってんの?」

ドッキンちゅ。普通にばれてた。そらそうだよね、怒られるかな。遂げて欲しいよね、先輩達の悲願、俺達の代で。部活に靡くそんな暗黙のスローガンが、結構空気重くしてんのよね……。

「あぁー、何て言うか……へへ。まぁ、アレッすわ。スランプ?的な……」
「お前スランプじゃない時無いじゃん」
「ははは、いや先輩、俺あの日も大活躍だったっしょ?」
「二回出塁したもんな、エラーと振り逃げで」
「ははは、はは」

先輩のイジりに上手く返せなかった。これじゃ先輩が俺をいじめたみたいになっちまう。思いの他、気にしてたんだな、あの日の不甲斐なさ。あぁ、俺、やっぱ情けないわ。後輩失格ですわ。

「ま、いいよねぇ、サボるの。俺もよくやったよ」
「あれ、そうなんすか?」
「歯医者とか塾とか家庭の事情とか、あれ全部嘘だから。息詰まるよなぁこの時期……ほら、俺等の代も荒れたじゃん?大滝がキャプテンになった後、それで何人か辞めたし……」

確かにそうだった。大滝先輩がキャプテンになって部活の指針は大幅転換、楽しい野球より勝つ野球、俺達の代ではその方針は更に促進……しかし辞める人間はいない、サボる人間は俺一人。皆が皆、あの日の先輩達の熱に絆されていたのだ。ドンヨリとしながらも一丸となってるチームの和に、俺は一人不釣り合いな感じがしてた。

「空気悪くなるとさ、皆悪意無くムードメイカー押しつけてくんのね、俺等みたいな軽いキャラに」
「あぁ~分かる。アレなんなんすかね?」
「まぁ、さ、だから……ちょっと不安だったのよ。俺の役回りがお前に、嫌々引き継がれてんじゃ無いかなって。ほら、あの部活にアホな奴、お前しか残ってないから」
「ちょいちょーい!失礼っすよ!!……まあ、でもそれは大丈夫っすよ、俺そもそも責任感無いし、全然苦じゃないっす。楽しくやってますよ」
「でもお前空気読むじゃん。誰よりも空気読むお前が今、部活休んでんじゃん」

……あ、この人、俺の事見てくれてたんだ。何か意外だった。先輩皆が桑田に期待を寄せて、俺はいつも足を引っ張って場を和ませるだけのキャラ、どこか自分はそういう役割なんだと思ってた。誰よりもキャラを意識する藤谷先輩は、誰よりも他人が被るキャラに敏感だったんだ。

「先輩あるまじき発言かもしんないけどさ……適当にやっちゃえ。誰も俺達の後を継いで欲しいなんて思ってないからさ。お前等はお前等の野球をお前等なりに楽しめよ。野球は結局プレイボール、球『遊び』なんだから。遊びは楽しんでナンボだしな」
「……うす」
「キャラなんか気にすんな。周りとソリが合わなかったら、遠慮無く辞めちゃえ。そん時は、一緒にどっか遊びにいこーぜ。お前が楽しめる遊びをさ」
「……はい。……俺、もうちょっと探してみます。あいつ等と一緒に、楽しい野球……」

言うと藤谷先輩は優しく笑った。俺は無様な顔を伏せた……震える俺の背中を擦ってくれるのは可愛い彼女なんかじゃ無かったよ……秋風の囁きに項垂れて、気付くと教室は俺一人になってた。野球部はまだ部活動に励んでる……よっしゃ。じゃあ、帰るか。

……いや部活行かんのかい!!とセルフでツッコミ入れときます。だって流石に気まずいし。明日からの文化祭を一区切りとして、文化祭明けから参加します。チキンなんで。下駄箱で靴を履いて、屋台設営に励む生徒達を横目に校門に向かう。俺のクラスの出し物?野球部という名目でそれもサボってます。ここで一句『サボリスト 骨の髄まで シャブリスト』良い句だなぁ……。見慣れぬ屋台街道と化した校庭、そこを歩くと見慣れた顔が目にとまった。鷲尾先輩だ。慣れた手付きで鉄板を拵えてる。屋台の幟には「3年1組☆特製焼きそば」の文字が。今時☆マーク?だっせぇ。

「鷲尾先輩焼きそば焼くんすか?似合わねー」
「あ?何だよサボりの柳井」

何で俺がサボってること知ってんの?そらそうか、ユニフォーム着てないし。ていうか鷲尾先輩、少しふっくらした?

「先輩、太りました?」
「太ってねぇよ」
「締まった身体で狡猾な性格はインテリな感じしますけど、デブで狡猾って言ったら急に陰険な感じになるの、なんなんすかね」
「え、なんで急にディスってくんの?」
「いや、何か先輩身も心も丸くなったような気がしたんで、つい」
「殴るぞお前」
「殴る前に先輩、ちょっと話いいっすか?」
「……おう」

二人で自販機に向かった。奢ってくれたのはファンタ、グレープ味。花壇を囲う煉瓦に尻をついて、二人で一息ついた。若干気まずい空気が漂う。鷲尾先輩は少し緊張してる……多分、事前に知ってたんだ、俺が近頃部活をサボってること。俺の口から「退部を考えてる」そんな発言が来ると思ってんじゃないかな。少し焦らしてみるか……。

「……先輩はもう野球やんないんすか」
「やらない」
「どうして?」
「真澄がいないから」

……やべ、結構ズッシリした答えが返ってきた。シンプルだけど多くを物語る声色、掘り下げたいけど付け入る隙が無い。さっさと本題入っちゃお。

「俺、ずっと考えてるんです、あの日のこと」
「あの日って、夏の?」
「はい。先輩はあの試合に関して、何か思うところはないっすか?」
「思うところねぇ……まぁ、皆怪我しすぎな」
「いや、そうっすよね!!マジそうっすよね!!」
「え、何?」
「俺ずっと思ってたんすよ、でも何か言い出しづらくて……今の部活も何か、怪我してでも勝ちに行った先輩等を見習えって……いや、誰もそんなこと言ってないんすけど、どっかそんな空気感じて……いや、コレ怪我した当人を前に言う俺もどうかと思うんすけど、何か、何か違う気がしてるんす、ムズムズするというか」
「あぁ、そういうことね、はいはい」

鷲尾先輩……通称“狡猾の鷲尾”インサイドワークの名手、冷静沈着の打者泣かせ、腹黒配球機械……数々の異名を得た鹿南野球部始まって以来の名捕手(多分)。お世辞にも人当たりが良い性格では無く『その人を見下した嘗め腐った態度が気に入らねぇ』と上の代の先輩に殴られた事もあったらしい。それでも鷲尾先輩は、自分のスタイルを曲げなかった。

「怪我という『事実』はよくない。でも、その中にある『真実』を俺は否定しない」

鷲尾さんは、緩やかに語り出した。俺の前でのこの人は腹黒でも機械でも無く、一人の温かい先輩だった。

「過去をやり直せても、俺は目の前に飛んできたボールを避けないと思う。それは大滝や真澄、馴北のキャプテンも同じだろう。俺はその行いを愚直なプレーだと責めはしないし、別に肯定もしない。そこでそうしなきゃ、俺たちは大切な何かを失っていた、確かなことはそれだけだ。その感覚は他人には分かりっこないし、多分当人でさえよく分かってない。俺達はあの日、あの瞬間、それぞれが何かの為に必死だった」
「ウス……」
「あの日あの瞬間大切だった真実は、その瞬間にしか成立し得ない。未来から俯瞰した真実は客観的な事実……出来事に姿を変える。事実は正確に記憶できても、真実は記憶の中で必ず風化する」
「ウ、ス……ちょっと待ってください。俺を6歳児と思って説明してくれません?」

鷲尾先輩は呆れたようにため息を吐いた。

「……俺達にとって大事なのは今、『この瞬間』だ。それはあの日もそうだった。怪我は良くない、でも悔いは無い。だよな、大滝」
「おう!」

びっくりした!いつの間にか、俺の隣に大滝先輩がいた。額に僅かな傷跡を残した俺達の元キャプテン、怪我人その1。怪我人その3、鷲尾先輩は構わず語る。

「とにかく今の俺が、過去の俺や今のお前にかける言葉はこれだ。『怪我する野球はするな、同時に、お前の今『この瞬間』も蔑ろにもするな』……それを聞いた俺は、結局同じ事を繰り返すんだろうけどな……後はまぁ、頼れる元キャプテンに相談しな。俺はもう、しがない焼きそば職人に過ぎないんだから……」

そんなに面白くない小ボケを残し、先輩は設営途中の屋台に戻っていった。その背中はどこか、少し寂しそうに見えた。鷲尾先輩の言葉に整理をつけられない内に、大滝先輩はニヤニヤ話し出す。

「また何か小難しい事言われたんだろ?」
「いやぁ、マジ、俺の知能6歳児以下ですわ。家帰って復習しないと」
「追試必要ならみてやるよ」

大滝キャプテン……生徒の自主性を重んじる鹿南野球部元キャプテン。伝統の改革者、飽くなき勝利への探求者……小難しい言葉を選ばないなら、真っ直ぐな熱血漢。

「先輩に一個、聞きたいことあったんすよ」
「おう、何だ?」
「勝つことの意味って、なんすか」

俺、ずっと疑問に思ってたのよね。何故勝たなきゃいけないのか。大滝先輩を突き動かした勝利の魅力って何なのか。俺はその執着の所以を何も知らない。大滝先輩はほんの少しの時間押し黙り、神妙に口を開いた。

「分かんねぇ」
「……え、嘘でしょ」
「柳井、勝つ事の意味って何?」
「俺に聞かないで下さいよ」
「これ、多分スポーツのミステリーだよね。なんで皆勝ちたいのかね」
「ふざけてます?本気で言ってます?」
「半々」
「いや、ふざけの半のふざけないバージョン教えて下さいよ」
「え?何言ってんのお前?」
「いやいや、アレ?」

凄ぇからかってくんじゃんこの人。寂しんぼなの?久々に後輩に会って嬉しくなっちゃった的な?好きな子には意地悪しちゃう童貞男子的なあれ?面倒臭い先輩だなホントに。

「いや、真面目に言うとさ、本当に分かってなかった。スポーツなんだから勝って当たり前、どっかそんな風に思ってた」
「……はい」
「ほら、資本主義って弱肉強食の競争社会じゃん?スポーツもその原理に飲まれてる節あるよね。共産圏の野球ってどんなんだろ」
「いや、その、社会の授業的な解答じゃなくて、もっとこう、大滝先輩の価値観を聞きたいんすけど……」
「勝ち感と価値観かけたの?上手いなぁ……」
「もういいっす……自分で考えます」
「はは。好きだからだよ。お前が」

……。

「え?」
「俺が勝ちに拘った理由。多分それだ」
「え?」
「好きだから。お前等チームメイトが。鹿南高校野球部が。多分、それが答えだ」
「……あ、そういうあれ?BL的なやつじゃなくて」
「BLって何?」
「何でもないっす……それが、どう勝ちたい欲求に結びつくんすか」
「分かんねぇ。でも10回裏、皆のプレー見て、そう核心した。ああ、この光景だったんだなって、俺が求めたのは。勝利の結果の先でなく、勝利を目指す過程の中に俺が目指したものがあったんだ。だから……俺、後悔は無いよ。負けたけど満足してる。お前等にたいして勝てなかった申し訳なさも勿論ある。でも、俺は皆と挑んだあの試合が楽しかった。だから俺は幸せだ。……あれ、コレ本題からずれてる?」
「いえ、十分っす」

事実、十分だった。誰よりも勝ちに固執した大滝先輩が悔いは無いと言ったんだ。その言葉一つで、心が少し洗われた気がした。藤谷先輩も鷲尾先輩も大滝先輩も、引退した後でもなんで俺のこと面倒見てくれんだろ。それは多分、過ごしてきた過程があるからだ。共有してきた関係があるからだ。そう考えると、今までの野球部の形を、あの日の試合を、どこか否定する気にもなれなかった。大切なのは過去という過程を過ごしてきた『この瞬間』そして、これから。

「大滝先輩。俺、部活辞めないっす」
「……え、辞める気だったの?」
「良い先輩になります」
「お、そうか」
「極力怪我無く、楽しんで、勝つ野球を目指します」
「言うじゃん」
「で、来年には、甲子園行っちゃおうかなぁ!」

渾身のボケのつもりだった。でも先輩はピクリとも笑わず静かに、でもどこか嬉しそうに「おう」とだけ応えた。少しだけ、しんみりした空気が漂った。

「……ところで、最後の打席、白星先輩になんて声かけたんすか」
「それは男と男の秘密ってやつだよ。薔薇色のさ」
「BL分かってんじゃねぇか!」
「ははは。じゃあ、頑張れ、柳井副キャプテン」

先輩はゆっくり歩き去った。俺は残ったファンタを飲み干して、軽快に立ち上がった。副キャプテン……重たい響きだな。そしてちょっと格好良い。……もう、迷いは無い。サボリスト柳井、決意しました。

明日の文化祭で彼女作るぞ!!
後悔を振り切った俺は青春は、軽やかに駆けだした。

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