帰宅途中に声をかけられ振り向いたら怖い目にあった話

夜道で迷い猫のチラシにそっくりな仔猫が紫陽花の隙間から声をかけてきた。

呼ばれるままにこちらも隙間に入り確認したが、その猫で間違さそうなのでチラシの番号に電話をかけた。その際仔猫が私の脚を登り始め身動きが取れなくなってしまった。

猫が逃げぬように静止していると見知らぬオヤジが目前を通りかかった。
こちらに気が付いていないようなのでそのまま見送っていると、オヤジのポケットから小銭入れのような物が落ちそうであり、私は思わず「落としますよ」と声をかけた。
オヤジは私の声の方を探し少し顔を動かした後、私と目があった。

オヤジは、巨大な紫陽花の花が並ぶ中に一つ人面が紛れている光景を目にした。

完全に怪異のそれであった。

オヤジは短く悲鳴をあげた。

葉で身体が見えずらかった事が原因である。
オヤジを落ち着かせる為、取り止めのない会話をしようと天気の話題でもと思ったが

ーーこの土地に暗雲が近づいているーー

などと雨雲の動きを伝えた為、何らかの不吉なお告げのようになり不気味さにより拍車がかかる結果となった。

猫が足に張り付き動けぬ旨を説明する為、葉を少し退けようかと思ったが、猫が大胆に戯れた為ズボンからパンツが顔を覗かせた。
野に咲く不審者となってしまった。
葉がなければ即通報案件であった。

私はオヤジにパンツの登場を悟られぬよう涼しい顔をしズボンを抑えた。
しかし、その時猫の爪が足に刺さった。

想像して頂きたい。
暗がりの紫陽花に浮かぶ顔から ふと表情が消え失せたかと思われた矢先、突然険しい顔つきになった瞬間を。
私がこのオヤジならば、あの瞬間に呪術をかけられたのかもしれぬと一日の終わりに不安が頭を過ぎる。

人が言語を手に入れなかった世界線の意思疎通手段はこのようになる事だろう。
しかし現代に言語はある為、ただの呪いを振り撒く紫陽花の化け物と化した。

オヤジの背後で、先程からペット用のキャリーバックをもった者がこちらを横目で見ながら付近をうろついている。
恐らく猫の飼い主だろう。
先の電話で「紫陽花の所にいるので声を掛けてくれ」と申したが、こちらに歩みを寄せぬところを見ると、あの紫陽花に埋もれる得体の知れぬ者が猫の電話を寄越した者と同一人物であるという事実に抗う心情が伺える。
電話をかけてきた者がどうか別の者であって欲しいという僅かな望みにかけたのだろう。
飼い主はスマホを取り出し電話をかけた。

私のスマホが鳴った……。

着信音と共に飼い主と私の目があった。
「アイツなのか……」という絶望の表情を浮かべていた。

「もし良かったら、なるべく逃げないよう猫をみていましょうか?」
などという提案を受け入れてしまった為に、飼い主は見なくてもよい不気味なものを目にしてしまった。
しかし、猫を見ててくれる者がまさか紫陽花のノリで咲いている不審者などと誰が事前に予測できたであろうか。

猫は無事飼い主のもとへ戻った。
飼い主がオヤジに向かい
「お父さんも有難うございました」
などと発言した事により、私とオヤジが親子であると誤解が生じている事が判明した。
オヤジもこんな葉緑体が豊富そうな者と血縁関係があると思われれば不服だろう。

私とオヤジの精神に引っ掻き傷程の損傷は残されたが、猫が無事でなによりである。


【追記】
その後、飼い主とはたまに道で顔を合わせれば会話を交わす仲となった。
今も猫は元気だそうで、私も近年猫と暮らし始めたのでアドバイスなどを頂いている。

オヤジの方も、飲み屋の管轄が同じであり、たまに顔を合わせた。
「正直酔いが一気に覚めた」と当時の事を振り返り、オヤジがその一部始終を飲み屋の店主に話した為、私は「紫陽花の人」という粋な称号を得た。
SNS上では「猫の人」「蝉の人」「フクロテナガザルの人」という称号が多い中に珍しい呼び名であった。
「野に咲く不審者の人」でなくて胸を撫で下ろしているが、オヤジの語り口が上手すぎた為にそこの店員の一人が私の顔を見るだけで震え二次災害が生じていた。


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