友人のせいで味覚を失った話

喉を痛めたので会話をしないようにしつつ、友人と学食を食べていた。
すると、己の筋肉を持て余している「三番」という名の男と、前田が現れた。

三番は許可もしていないのに同じ席に座り弁当を広げ、前田は「すぐ買ってくるから」と学食を買いにいき、急いで戻ってきた。

ふと、三番の顔を見ると鼻毛が出ていた。
いくら筋トレにしか興味がないとはいえ、鼻毛を露出してこのまま1日を過ごす事は本人も不本意であろうと思い、私は三番にジェスチャーを送った。
鼻を指差しトイレの方を指差したが、三番はあろうことか下手くそなウィンクを返してきた。
今はそんな可愛げなどいらない。

必死にジェスチャーを繰り返していると、三番はようやくはっと気がついた顔をした。
やっと伝わったかと思えば、三番はズボンのチャックに手を掛けた。
どうやら社会の窓が開いていたようだ。
助かったぜ、ありがとよ!みたいな顔をしてグッドサインを送っている。
まだ解決してないぞ、私は鼻毛について申している。

しかし、よく考えれば三番は先程までは鼻毛を露出しズボンまでも全開だった訳である。
少々オープンが過ぎるのではないだろうか。
小学校ならば「鼻毛チャックマン」と不名誉なあだ名を付けられていた事だろう。

意図せず猥褻物陳列的なものは解決したが、まだ問題が一本残っている。
どう伝えるか悩んでいると、三番は何故喋らないのだと私に絡み始めた。
貴様の鼻毛についてこんなにも苦心しているというのに、こちらの気も知らずムキムキと非常にしつこい有様である。
私の中のガンディーでさえボクシングを習い始める領域に達したので煩いと一喝した。
もともと声が低い事もあり、私の怒りは見事なデスボイスとなり、それが妙に三番のツボに触れたようであった。

常日頃の恨みを晴らす時が来た。
醤油1つ取ってもらうにも

「しょうゆ゛ぅ゛!!どっでえ゛ぇ゛!!」

と、非常に迫力迫るものとなった。
人によっては
「Show you!! Don't take!!」
と、聞こえたかもしれない。
意味不明だがGoogle翻訳にかけたところ
「服用しない事を示す」
と書いてあった。
醤油が欲しいのか欲しくないのか理解に苦しむ結果となってしまった。

魂のデスボイスに動揺した三番が醤油入れを落とし、醤油本体がテーブルをつたって届けられた為、辺りは阿鼻叫喚となった。
どう転んでも迷惑をかける男である。
もはや鼻毛の事など脳から爆散した。
前田はこの席にわざわざ急いで戻ってきた事を後悔したに違いない。
私の友人は「今連鎖きてるから」とゲームを優先し端に去っていった。

醤油は三番のタオルでも拭ききれず、前田のトイレットペーパーを持ってこいという指示に従い、皆でトイレに行ってはペーパーを千切り拭き取った。
前田にとってはこの席に着いた事は後悔しかないだろうが、我々にとっては彼がいてくれて本当に助かった。
三番は切るのを忘れた為か長いペーパーを引きずりながら現れた。
指摘されるとペーパーをくるくると両腕に巻きながらその巨体は再びトイレへと消えていき、ただトイレットペーパーを見せつけて帰って行く謎の筋肉と化していた。

あたりは醤油の匂いに包まれた。
何を食べても醤油が存在を主張し、三番は白米を食べながら、醤油の味がする……と大豆の幻術にかかっていた。
ゲームをしていた友人はさっさと次の授業へ向かった。
醤油に網羅された空間に、デスボイスと筋肉と不幸な友人前田だけがただ取り残された。

去っていった友人のクールさが羨ましい。
三番はタオルを洗ったが、そこはかとなく醤油の匂いが漂った。

その後、乾かせば何とかなると宣いドライヤーで乾かしたが、何故か醤油の匂いは増し、学食だけでは飽き足らず更衣室までもが醤油の香りに包まれた(前田談)

しかし、慣れとは恐ろしいもので、うっかりトレーニング後に醤油タオルで汗を拭ってしまい、三番の筋肉から醤油の匂いが漂ったそうだ。
ただの筋肉から味付けされた筋肉に昇格である。
トレーニングルームの見ず知らずの留学生にすれ違い様に

「日本ノ匂イガスル」

と呟かれたと後に彼は語った。
そして、何故かそれに気を良くし、自分が日本代表であるような振る舞いをし始めたが、どちらかと言えばキッコーマンの化身である。

その後三番は、大豆からやり直せ、キッコーマン工場で絞られてこい、などと周りから散々な言われようであった。









今考えたらタイトル「味覚」よりも「嗅覚」の方が合っていたかもしれない。


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