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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第1章その2「ワーカホリックにつける薬は」

    “2019年 仕事納め”

「疲れたー!」

 そう言ってこの日のリーダーである静男が休憩室に入ってきた。
りりかは休憩中だった。静男はりりかを見るなり彼女が担当する午後の手術についてあれこれ言ってきた。りりかは休憩中は仕事について考えたくない派だったので、内心では不承不承、先輩の静男に合わせて相槌を打つのであった。

「…嫌そうだな?」

どういうわけだかこの男はこういったことにすぐに気づくのである。

「え?何々?つかやん、オペ嫌なんか?」

そこに加わってきたのは、手術の合間を見て休憩に来た麻酔科医の星淩一だった。広島弁で喋る彼は、家業であるクリニックを継ぐ事に反抗して地元から離れてこの病院で働いていた。

「んー、仕事よりも休みたいですよね~」
「いやーつかやん、その若さでそんな事言わんほうがいいけぇ」
「そうだぞ!お前の覚える事はたくさんあるぞ!」

右から左から言葉が降ってきた事に苦笑いしながら、りりかはそそくさと休憩室を後にした。

  ⁂
 

手術室では手術が行われるのだが、手術室看護師はその準備から片付けまでを行うのがこの病院のやり方だ。

 手術に合わせた道具(器械という)を集め、手術台にシーツを敷き、麻酔器や電気メスの本体やらの位置を調整し、薬剤を用意し、患者さえ来れば手術が開始できるように整え、その後、手術が無事に終わったならば、血だらけになった器械を片付け、血まみれなったドレープ材その他をまとめて感染性廃棄物としてゴミに出す、そして次の手術の準備をする。
 

 あまりに手術が多い時は休憩もせずにどんどん次の手術を進めていくので、1日が終わる頃には空腹と疲労のためにしばらく休憩室で座り込むこともある。
ともあれそんな状況でもここの手術室チームは互いを労い、笑いと励ましでどんな状況下でも安全な手術を提供する事が良いことだと信じていた。

 かなりしんどくて辛い時でもユーモアを忘れずに手術に臨む姿勢はまさに下根太郎が築き上げたものの1つだった。
そしてどんな手術でも引き受けるための、最も重い責任を喜んで背負ったのもこの男だった。


(ワーカホリックなんじゃ)
なぜか応援時間終了後も仕事納めの部署打ち上げに加わってはしゃぐ下根を見ながらりりかは思った。

「かんぱーい!」

この日、終業後にスタッフ全員が休憩室に集まり、お茶やコーラ、ジュースを片手に主任の掛け声と共に乾杯を上げた。いや、1人だけ「ちんちん!」と言ったのもいた。


第1章 了



*作者は広島弁が分かりません。芸人の千鳥と「仁義なき〜」のイメージでふんわりと書いています。この先もイメージで書いていきます。あしからず…


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