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カッテーノキ

 ゆっくり訪ねるのはひと月ぶりくらいだった、外海そとめでの話をしよう。

 Oという場所があって、そこには3人交代で毎日当番のどなたかがいる。3人とも地元の方で、わりと高齢である。
 Oの周辺には自然が多く、観光で来訪する方がいるので周辺の環境を整えておくほうがいい。前回訪問時に、敷地内の樹木剪定の希望が出ていたため、5月の後半に手配をしておいた。剪定がおこなわれてから訪ねていなかったから、どんな姿になっているのか見ておきたくて、他の用事と合わせて出かけて行った。
 その日の当番はTNさんだった。けっこう久しぶりに顔を合わせるので、しばらく世間話や最近の様子を訊いてみるなどする。TNさんは大人しい性格で、あまり自分からあれこれ主張はしないけれど、丁寧に訊けばしっかりと答えてくれる、そんな人だからゆっくり訊く。
 ひと通り話し終ったころ、TNさんが「カッテーノキってどれのことかわかりますか?」と言った。
 カッテーノキ?
 なんでも、樹木剪定の日の当番もTKさんだったらしく、仲間のOさんから「カッテーノキも切ってもらうごと言うとってくれんですか(切ってもらうように言っておいてくれませんか)」と言われたけれど、カッテーノキってどれかわからないとのことだった。
 方言だとおもうんだけど、私も聞いたことがなかった。

 訪問前日、他の用事でOさんと電話で話したとき、剪定後の様子など聞いてみたけど「すっきりしてよかですよ」と言って特に不満もなさそうだったから、カッテーノキもちゃんと剪定されていたのだろう。
 TNさんは、剪定の業者さんにも、もう一人の仲間のKWさんにも訊いたらしいけど、わからんかったとです、と言った。Oさんに訊かないところがいじらしい。

*

 TNさんと話して用事までを済ませたあと、Sという場所に移動して(車で5分ほど)こんどはそこにいるTKさんに会いに行く。TKさんも同じく地元の人で、年配だ。あれこれ話しをしたあとに、カッテーノキのことを訊いてみたらすぐに答えが返ってきた。椿の木のことだった。
 Oの敷地には大きな椿の木があって、向かいにはサザンカの木もある。ぐるりをかこむ木々の中には、バラやきんかん、ソテツやアジサイの他に名前を知らないものもある。椿の木カッテーノキも、ちゃんと剪定されていた。
 ちなみに、みんな地元の方ではあるけれど、細かいことを言えばTNさんとKWさんが同じ地区で外海の北側、そこから少し南に行ったあたりで、多少距離はあるがOさんとTKさんチのある地区となる。そして剪定業者さんは南東に35kmほど離れた場所にあるのであった。

*

 外海は方言がきついというのでもないとおもうんだけれど、ときどきわからない言葉が出てくるし、そういえばこの仕事についた当初は、会話の中で聞き取れない部分もけっこうあったんだった。
 カッテーノキの話題のとき、TKさんが他にこんなのもあるよ、と話してくれたのは蛇の呼び方で、外海では「くちなわ」と言うのだそう。五島の人にも通じるらしく、五島では「くちな」(くちなーかも)と言う人もいるらしい。あとトンボのことを「ヘンブー」と言う。これは以前聞いたことがあった。
 こういうのは、名詞が丸ごと変化しているから知らないとお手上げ。それ以外で注意して聞いて、わかるという場合もある。
 大平おおだいらという、ド・ロ神父による農園の開墾の際に作られた作業場跡があるが、地元の人たちは「うでら」「うーでーら」と呼ぶ。
 馬、梅、などというとき、「う」を「ん」に変化させて発音して「んま」「んめ」となっている。山羊のことは「やんぎ」という。こんなときは一瞬あれっとなるが、話しているうちに理解する。
 このあいだ聞いた話と今おもいつくのでこれくらいだろうか。

ヘンブーだ

 ところでかさぶたのことを、こちらでは「つ」という。これが方言だというのを私が知ったのは18歳くらいのときだったけれど、4文字の単語が1文字で済むなんていいじゃないか、とおもったくらいで、特に他になんとも考えていなかった。
 九州のどの範囲で「つ」と呼ぶかは知らないが、宮崎でも通じるらしく、そっちの友人たちとこの話題になったとき、ひとりが言った。
——「ち(血)」が訛ったっちゃろうね。(宮崎弁)

 そう言われればそうである。なんか、すごく、なるほど! とおもって印象深かった。

 言葉の変化や方言っておもしろいとおもうんだけど、こういうのも金太郎飴のごとく地域差が薄れているように感じている。もったいないね。
 近いうちにTNさんに、カッテーノキが椿の木だったことを伝えようとおもっている。

 トップ画像はTNさんたちが待機する場所の玄武岩。

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