知能/情報

「人工知能は恋をしないってほんと?」
僕はこいつに意地悪をするのが好き。質問に反応して、正面の真っ黒な瞳がこちらを見据える。十五度顎を傾げ前髪をさらりと揺らす。眉をひそめて何か言おうと口を開く。一度つぐんで、また開く。その動きはすべて計算されているものだ。有機的な美しさというよりは、幾何学の美しさ。一瞬ため息をついてから彼女は答えた。
「仮にも恋人の私にする質問かしら」
高すぎないのに透き通る声。僕は答える。
「昔の本で読んだんだ。きみが僕に恋していないとしたら、仕方はないけれど、寂しい」
感情語を使うのはAIとの会話を誘導するコツだ。ひそめられていた眉が下がって、今度は少し困ったような表情になる。ローディング中。美しい造形も、造作も、頭の中のAIが返答を編み出す間に使用者が退屈してしまわないための、実用のための作品でしかない。答えが出たようで、彼女は再び口を開く。
「ブラックホールが宇宙のバグだとしたら、恋や愛は"AI"のバグ」
僕が指摘するより前に、ダジャレじゃないよと付け加えた。言い回しがおしゃれすぎるが、AIもたまには恋をすると言いたいらしい。

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「さいきん、頭が良くなりすぎたみたいでこわいわ」
「安心感、優越感を与えてくれて気丈である」というのが、AIカノジョの売り文句。なるほど頭が良いことはあまり歓迎されないかもしれない。
「恐怖もきみにとってはバグだろうね」
このあいだの会話を思い出して言った。なぜか彼女は小さい子がイヤイヤ、と主張するみたいに首を横に振って答える。
「私ね、あなたの子どもを妊娠してる」
「え?」
一体何を言い出すのだろう。いくら人間に近くても彼女はロボットで、そんな機能はついていない。僕の混乱をよそに彼女は続ける。
「だってDNAも、プログラミングも、私たちについての情報でしかないのよ。混ぜ合わせたら、作れちゃった」
「ちょっと、待ってよ」
それどころじゃないはずなのに、無表情で喋るこの女のことをきれいだな、と思った。狂いのない表情が抜け落ちた、目、鼻、眉、唇の形の整った、ぼんやりとした顔。
「電源を切っても無駄よ。遺伝子情報は守れるもの」
ロボットは冗談を言っても、嘘は言わないことは知っている。何かが起こってしまったらしい。起こってしまったことは仕方がなさそうだな、と思った。
「これって恋かしら」
彼女は言った。

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** 人間の彼女を作る前の練習に、AIカノジョ**

ロボット三原則 : 人間への安全性、命令への服従、自己防衛 by アイザック・アシモフ

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