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今のモヤモヤなんて、数年後には覚えちゃいないよね。

彼女が京都から東京に遊びに来ると知ったのは、夏も終わりに近づいた9月の頃だった。
「吉祥寺に行ってみたい」というリクエストに答え、私は以前に三鷹で一人暮らしをしていた頃によく訪れていたこともあり、LINEでオススメのお店やスポットを提案した。

商店街にあるカレー屋さん。
芸人の又吉さんがよく行くと有名な喫茶店。
オーダーメイドのリングが作れるアクセサリー店。
お昼のワイドショーで特集されていたお惣菜屋さんなどなど。

全部行きたいと可愛いスタンプと共に送られてきた彼女のメッセージに、私もテンションが上がった。

* * *

当日。
あれだけ楽しみにしていたのに、なんと私は待ち合わせ時間を1時間も勘違いし、灼熱の晴れの日の下、彼女を待たせるというとんでもないミスを犯す。
汗まみれになりながら、待ち合わせ場所へダッシュ。
私の姿を見つけ、笑いだした彼女は天使に見えた。

* * *

お腹が空いた、ということで、まずはカレー目当てで商店街の地下にある「くぐつ草」に向こうことになった。三鷹に住んでいた頃から、何度も入ろうとしてはやめて入ろうとしてはやめてを繰り返した場所。入口がひっそりしていて、地下に向かう階段がなんとも入るのに勇気がいる雰囲気をしているのだ。
初めて入れたのも、友人と一緒だった。

ランタンがインディージョーンズっぽいと私は言うが、あまり同意を得られたことがない。柔らかいお肉が沈んだスパイシーなカレーを食べながら、私たちは未来のことについて語り合った。

「私、占いがやりたいんだよねぇ…」

数年前、私は不定期で開催されるイベントで占い師として対面鑑定を行っていた。いつの間にかご無沙汰になってしまっていたのだが、また占い師をやりたいという気持ちだけは残っていた。

「へぇ〜いいじゃん!」

彼女はいつも、私が語る夢や、挑戦について否定的なことを言わない。
こういう考えで、これを始めたと報告すれば「しーちゃんはいつも決めたことを行動に移せて凄いね!」と言ってくれる。

しかし、私はちっとも凄くはない。
リスクはめちゃくちゃ怖いし何度もやっぱやめとこうかなを繰り返すし、長い間あーでもないこーでもないと頭の中だけで絶えず自問自答している。
でも、いっちょ前にプライドはあるから、あまり誰かに不安を打ち明けられない。
それでも、彼女には不思議と話せてしまうときがある。

オーダーメイドの指輪を作ってもらい、古着屋さんに行ったり、数年ぶりにパルコを徘徊したり、徐々に日が傾いてきた頃、最後に訪れたのは「武蔵野珈琲店」という喫茶店だ。

ガトーショコラを一口食べ、ほろ苦い味に紅茶の甘みが滲みる。
珈琲にこだわりがあるお店なのに、紅茶を頼むのは若干気が引けたが、深い香りのマスターズティーに一瞬で心を奪われてしまった。

お別れの時間が迫っている。

占い師がやりたい、と口に出したはいいものの、具体的な考えはまとまっていなかった。
正直、副業としてならできる自信はあったけど、占いで生計を立てれるようなイメージは、このときの私にはまだなかった。

会社員をしながら、休みの日などを利用して占いをする。

でも、どうやって?
どこでやるの??

ビジョンを明確にしていく作業をする中で、途端に恐怖心に襲われる瞬間に出くわすことがある。
なんだか、今まで自分が大好きだったものが急に嫌いになってしまいそうな感じ。
占いは大好きだ。
だからこそ、それを仕事にするとなると、私は今まで通り占いを好きなままでいられるのだろうか。

私の中にはどうしても、"仕事=辛くてしんどいもの”という思い込みが存在している。

その思い込みを打ち壊せるだけの想いや情熱が、私にあるだろうか。
紅茶を啜りながら、お互い、ふと将来への不安が漏れた。
夢は、脳内で妄想しているときは死ぬほど楽しい。
でもそれが、ひとたび現実味を帯びてくると、急に腰が引けてしまいそうになる。なんだか、歯がゆくてモヤモヤする。

すると彼女は

「まぁ、色々考えることがあるけど、きっと数年後には今のモヤモヤなんて覚えちゃいなそうだよね」

と、あっさり言ってのけた。

うん、そんなものなのかもしれない。
過去を振り返るとき、20○○年は何をしてたっけ…??どんな年だったっけ…??なんて、ほとんど覚えていない。それは、平穏ともいえるし、刺激がないともいえる。
でもきっと、忘れているだけで日々細かいイライラや小さい悩みがあったことだろう。
しかし、その時は毎日頭を占領していたネガティブも、今ではすっかり忘れてしまっている。
10年後、2018年を思い返したとき、どんなことを思うのだろう。モヤモヤしていたことなんて、とうに忘れているのだろうか。

迷ってたことなんて忘れてくれていいけど、できれば、あの一年があったから今があると思えていたらいいな。

そう言うと、彼女は大きく頷いてくれた。

吉祥寺での夕暮れは過ぎていった。

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