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26歳

4月23日。25歳最後に観た映画は、今泉力哉監督『愛がなんだ』だった。

あたたかいけど風がつめたい日で、平日の昼間だというのにテアトル新宿は(きっと我々姉妹と同世代と思われる)若い女の子たちやカップルでいっぱいだった。ちょっと前だったら『ソラニン』とか観に行ってた層なんだろうか。今時の若者にウケてるのはこんなひとたちで、こんな話なのか。なるほど、などと まるで他人事のように思いながら観る。浅野いにおと角田光代のファンは被らなそう(?)だから、やはり役者陣と今泉力哉監督人気によるところが大きい気がする。映画館に同世代がたくさんいるの、新鮮でなんだか嬉しかった。

みんなどこにでもいる誰かで、もれなくわたしもそうで、特別な何者かになれるわけでもなく、好かれたり好いたり 嫌われたり嫌ったりしながら生きている。

「誰かのため」は自分のためかもしれない。無意識に誰か傷つけているかもしれない。考え過ぎ、自意識過剰かもしれない。そもそも自惚れているだけで、そんなに関心もたれてすらいないかも。大事にするって、大事にされるってなんだろう。やさしい、やさしくない、親切、不親切。

そもそも好きって…愛ってなんだ。

写真展にきた葉子さんをみつめる仲原くんの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

こんな感じで 何か観たり聴いたり どこか行ったりしたら 記録していこうと思います。

母づてに いつかの恋人から薔薇の花を一輪いただいた。妹には映画のチケットとケーキを、母からは 薔薇の花びらのかたちをした入浴剤を、親愛なるS氏からは入浴剤、お香、枕用パフュームを、M氏にはケーキを。

いま並べた人たちのこと、わたしすきだな。すきには理由なんてなくて、はじめて会ったその瞬間から決まっているような気がする。けど、愛の反対は無関心だとすると、気にかけてくれて 大事にしてもらっているから すきなのかもしれない。理由なんてしっかりあるぞ。なんともわかりやすく 自惚れ屋の やなやつ!

「  きみは、自分のことを好いてくれるひとを見つけるのが上手だ。 」

と 言われたことがある。わたしのことをすごく好きになってくれたひとの言葉。彼の言葉のいくつかはわたしの中にずっと生きているし、彼のことも ずっとすきだ。

たしかに、と思った。わたしはわたしのことを好いてくれるひとを見つけるのが上手だ。すきになってくれるひとがすき。そういうひとと一緒にいたい。一方的なすきはしんどい。相手の中にわたしが居ないなら、一緒に過ごしてもらうなんて申し訳なくてだめだ。

テルコみたいに誰かをすきになりたい、とか、それはもはや好きとかではなくてただの執着なのでは、とか、葉子さんやなやつ!俺、仲原くんの気持ち超わかるわ、とか…?

みんな この映画を観て何を想うのだろうか。恋愛観の気になる友達に観てもらって、感想をきいてみたいような、ちょっときくのが怖いような。そんな映画だった。