毎日1作品!掌編小説。13回目『飛べ』

「棒高跳び男子。決勝に進出できる選手が決定しました!」奥の座敷から実況がテレビ越しに聞こえた。
 花柄のエプロンに扇子を広げた時と同じぐらい腰が曲がている女がお盆を持って座敷に入ってきた。
「よくやった、カツキ」
 このテレビに引っ張りだこな人は、カツキの実の祖母である。カツキには、母親がカツキが生まれてすぐに亡くなり、父は当分家に帰ってきていなかった。だから小さい頃から祖母に面倒を見てもらっていた。
 カツキにとって棒高跳びは鳥が地を蹴り空を飛ぶような自由だった。

 その時、回して使う黒電話がなる。
「はいーもしもし……えぇ、はいそうです」祖母のアケミは返事を切りながら聴いた。「はい……っは?!うそですよね?!」その瞬間アケミの表情は真っ青になる。
「今すぐ向かいます」
 エプロンを脱ぎ捨て、車の鍵が入ったカバンを手に家を飛び出した。
 到着したのは、車で3分の国立病院だった。病室に入るとそこには人の形をした包帯ぐるぐる巻きのミイラみたいなものが、ベットに横たわっていた。
「か、カツキ……?」
 アケミはひどく動揺していて、口が塞がらずにいた。
「ご家族の方でしょうか?」
「はい……」
 アケミの声は今にも微風で吹き飛んでしまいそうなほど小さく弱々しかった。
「カツキさんのご様態なんですが、命に別状はありません。リハビリを続ければ、歩くことも可能でしょう。しかし……もう二度と棒高跳びで飛ぶことはできないでしょう……すみません、最善を尽くしましたがこれ以上は現段階の科学技術……」
 医者の声はあまりアケミに届いていなかった。ただただまだ信じられずにいたのだ。
 カツキがこうなった原因は、バスに乗って家に帰ろうとした時に、暴走した車に引かれたのだった。
 決勝を目の前にして、夢が潰えてしまったのだった。
 涙を流しているアケミに気がつき、カツキは目を開けた。
「ばあちゃん……ごめんな、心配かけて」
 カツキは弱々しい声で言った。
「俺が少し不注意だったバカっかりに」
「何言ってるの、悪いのは暴走運転手よ、あなたは一つも悪くないわ」
「もうこれじゃあ、棒幅跳びもできないか……」
 カツキは起き上がって、名残惜しそうに右膝をさすった。身体中とても痛そうにしていた。
「……カツキ……」

 5ヶ月後、無事リハビリが終わり、歩けるようにまで至った。しかし、過度に手足を動かすと骨にヒビができる。
 同時期、祖母が急死する。齢74歳、まだまだだった。カツキは棒高跳びができなくなった時の数十倍泣いた。
 アケミが残した遺産を家中探していると、ある封筒を見つける。中にはぎっしりと紙が入っていた。
 どうやら遺書みたいなものらしい。このタイミングでとんでもないものを見つけてしまった。これを開いたが最後、カツキにはもう戻れなくなってしまう何かを感じていた。
 それでも!

「え?」
封筒の中の紙は遺書だけでなく、地図のようなものが何枚も入っていた。地図の隅っこにメモがいろいろ書いてある。
「足を直す呪い」「体の再生医療」「守備お守り」
そんな具合で、びっしりと書かれていた。
「こ、これは。ばあちゃん、俺の足のことを思って……何か直す方法はないかと調べてくれていたのか」
 カツキの顔は次第に歪む。そして上を向いた。
 さらに遺書にはこう書いてある。それを読むカツキの目に光が宿る。

「無理をしてでも、私はあなたの願いを叶えたい。無理をしてでも、私はいつまでも一緒にいたい。でも私はもう時期死ぬ。カツキ、これを読む前から知っていた?私はもう時期死ぬの。病気らしいわ。もう歳だし、受け入れるわ。でも、あなたはまだ若い。何があっても、好きなことを諦めちゃダメ、どんなに障害が待ち受けようとも乗り越えて。大丈夫あなたはどんな壁であろうと乗り越えられるから」

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