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【掌編小説】「ギリ義理プレゼント」

「プレゼントちょうだい」

 君は言った。なんて厚かましいやつなのだろうか、プレゼントはお願いしてもらうものではないだろうに。

「……は?」

 そのあたりまえだ。夏樹は唇をぽかんと開けて漠然と君を見ている。急にこんなことを、娘の誕生日に言われたらビックリしてしまうに決まっているのだ。

 カラフルな風船がにぎやかに飛び回っていた。夏樹は、はしゃいでいる娘を横目にしながら、君の言葉に目を通す。

 楽しい雰囲気を壊さないでほしい。どうして君はこんな身勝手なことを言ってしまうのだ。

「頼むよー夏樹」

「何言ってるんだ。全く、どっちが子供よ」

 すると、君はシュンとしてしまい、なんと、いい大人が腰を曲げて拗ねてしまった。本当にこの人は大丈夫だろうか。娘は今日で5歳になった。3月生まれでもあって、もう時期小学校が始まる。なのに、父親である君は真摯に育児や仕事を取り組むことができるのだろうか。不安になってくる。

 まずこんな父親の姿を娘に見せるわけにはいかない。夏樹は仕方なく言った。

「わかったわ……今度何か買ってくるから、娘にもちゃんとプレゼントをあげてちょうだい」

 そう、君はまだ娘にプレゼントをあげてさえいない。何も与えないものは何も与えられないというものだろうに。

「俺はもうそういうことしたくないんだ。毎日食べさせてやっているんだから別にいいじゃないか。そうだろう?」

 ひどい。これは、夫に言われたくないランキング3位にランクインするぐらいひどい。

「ああそうですか、ハイハイ」

 今は我慢しなければならない。なんせ娘の誕生日なのだ。ぶち壊しにするわけにはいかない。

 君はどうしてそんなことを言ってしまえるのだろうか。妻である夏樹はもう我慢の限界に達しようとしている。

 それは数十年前から心を蝕むように積み上げられてきた過去に原因があった。

*****

「手ぶら?」

「……ハイ」

「へーみんな持ってきてるのに、あなたは何も持ってこないのね。無責任な人」

 社会の”無責任”は少し間違った使い方をする。君は小さくなってしまって、頭を下げてしまって、情けないほど顔を歪める。

「君、それで社会やっていけると思ってるの?」

「社会人じゃ当然のルールですけどォ!」

******

 君が社会人の頃、ずっとこんなことが続いていた。ルールは守らなければいけない。君は社会のルールに侵され、手土産を持参することを当たり前という認識が脳裏にこびりついてしまったのだ。しかし、この過去を知ったところで、君の言動の理由が見えてこない。

「ずっと社会のルールに縛られていたのはわかったわ。でも、どうして『プレゼントちょうだい』なんて言えるの?」

 君は夏樹に全て打ち明けることにした。娘が寝た後、こっぴどく喧嘩したのだ。そして君は正直に話した。

「もう散々なんだ。今までたくさんの人に気を遣っては精神をすり減らしてきた。誰かに媚をうる自分はもう見たくないんだ」

END【1199】


次回 休み

別執筆で忙しくなるため休日とします。

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