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【連載小説】『スピリット地雷ワールド』《第二話》

プロローグ

「付き合う前からずっと我慢してきたのにひどいよ」

 闇葉やみははまた自分勝手なことを言った。この性格にクラスの同級生は、みんな揃って頭を抱えていた。彼女は人を困らせることになんの躊躇ちゅうちょもないのだ。

「私は愛音なおとの1番じゃなぁいんだ……?他の人の方が大切なんだァ!」

 彼女の声は、教室の隣の隣にまで聞こえる勢いだ。すると、それを聞いていた一人のクラスメイトは我慢の限界を迎え、果たして口を挟んだ。

「愛音の言うとおりだよ、みんなが気持ちよく過ごせるように配慮しよ?」四つ席を挟んだところから問いかけるように言った。

 しかし、何と言うことだろう。その言葉がさらに闇葉の地雷を踏んでしまい、彼女の逆鱗に触れてしまうことになるなんて……。クラスメイト等はこの瞬間まで想像もしなかっただろう。しかし彼女には、批判の声を聞くほどの頑丈なメンタルも、広い心も、ありはしなかった。

「うるさいッ」彼女は机を強く叩いて、声を張った。「どいつも、こいつも、私を邪魔者扱いしてさ。何なのよォ」そう言うと椅子を倒して愛音のすぐ前まで走った。闇葉は見上げて、涙を浮かべ愛音を睨んだ。彼女はすぐに教室から姿を消した。

 音を立てて階段から降りる彼女を見送ると、愛音は思った。

『被害者ぶって何がしたいんだよ』

 当然その後、クラスメイトはその鉛のように重い空気を不満気に感じた。そんな空気を変えようと思ったのか、楽しそうな話し声が至る所から聞こえてきて、あっという間にその重みは消え去った。

 胸の辺りにぽっかりと、何かが無くなっているように感じたのは愛音だけだろうか。きっと闇葉はこのあと、学校の卒業を迎えるまで笑い物にされ、愚痴のため場になることだろう。彼はその闇葉の残酷な未来に心苦しく感じているのだった。


*人物紹介*

愛音なおと
料理がうまく、女子力抜群の男子高校生。
闇葉やみは
いわゆる地雷系女子、しかしそれには深い理由が……。


_________本編_________
第二話 パイナップルとチクチク
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 次の日、その教室の周りからは、やはり彼女の愚痴が聞こえてくるのだった。

「やっぱり変なやつだったなー」「ああいうメンヘラって、自分のこと悲劇のヒロインだって思ってるんでしょ。やばいやつじゃん」「あれで社会出てやっていけんのかなァ」

 LINEのグループチャットでわざわざこんなことを言うものもいた。

『彼氏がかわいそう笑』『地雷系見てると恥ずかしくなっちゃう』『もしかして、あんなのと付き合ってる彼ピも変人なんじゃなァイ?』

 スマホを片手に、愛音の腹の底からは、ぐつぐつと煮えたぎるものがあった。彼は机の上でスワイプされるスマホを、凝視し続けている。彼は闇葉を悪くいう奴らに怒っているのだ。イヤ、違う。逆だったのだ。

「一体何なんだッ、俺は闇葉に悩まされてる被害者だろう。どうして僕まで悪者扱いされる?闇葉さえいなければ!」

 ああ、人はどうして、こんなにも悪くなれるのだろうか。さっきまでは闇葉を可哀想に思っていた愛音であったが、今となっては、闇葉が絶対的な”敵”なのだ。そんな彼はとんだエゴイストであろう。彼女は周りから決して愛されることのない悪魔のような存在になってしまったのだ。
『一体彼女はどうして、あんなタイミングで怒り出したりするのだろう。どうしてあんなに大きな声を出せるのだろう。どうして僕にまで恥をかかせるのだろう』愛音の怒りは抑えきれないほど溜まっていた。『闇葉には悪いが、もう別れるか』

 しかし愛音のこの思案は当然と言える。公共の場であるにもかかわらず、突然声を荒げ叫びだし、涙を流し被害者を装う始末。こんな日常が続けば流石の彼も嫌気がさすというものだ。愛音の心には確かにモヤモヤが広がっていた。

 述べるまででもないが、闇葉は学校に今日一度も顔を出さなかった。昨日あんなことがあったのだ。クラスメイトに合わせる顔がないのだろう。彼女に別れを告げるのはまた今度となる。なぜだろうか、これほどまで彼女を嫌っていても、寂しさは愛音の体を揺すっているのだ。

 愛音は授業を終えるとすぐに教室を後にし、久しぶりにひとりぼっちの帰宅路を歩いた。高校からは10分ほど歩けば家に着く、7分ぐらい歩いたところでいつも闇葉とお別れをするのだ。なので、闇葉は愛音の家を寄ってから一緒に高校に行くことがほとんどだったそれが今日なくなってみると、寂しさすら感じる。帰り道の景色がいつもよりなぜか素朴に感じるのだ。いつも当然のようにあった隣の温もりは消えていた。愛音はこの気持ちが一体何なのか分からなかった。

 203号室と表記された扉にまで歩を進めた頃だった。愛音が一人暮らしするこのマンションは4階建てで、彼が住んでいるのは2階の手前から3つ目のところだ。その扉の前に見覚えのないダンボール箱がポツんと置かれていた。

「何だこりゃ」

 よく見れば、送り主が書かれていない、ましては宛先さえもない。一体誰が愛音の玄関前に置いたのか、一体これは何なのか。中身が気になったので、彼は箱を部屋に持ち込んで開けてみることにした。

 愛音はガムテープを引き剥がして、口を開いた。その中にはくしゃくしゃに丸められた新聞紙があった。手に取ってみると、ずっしりしていて、何かが包まれていることがわかった。彼は迷うことなく新聞紙を広げた。

 何と言うことだろう。新聞紙の中にはパイナップルが入っていた。イエ、ただのパイナップルではない。あの、鮮やかなオレンジ色、生き生きとした緑色の葉っぱ、そのパイナップルとはあまりにかけはなれた色なのだ。形は確かにパイナップルである。しかし、黄色い皮は不気味な青で、葉は真っ赤なのだ。彼はこれを見て、顔をひきつらせた。よっぽどこの得体の知れない果物が不味そうに見えたのだろう。心なしか、甘酸っぱい匂いではなく、鈍いタールのような臭いすらしてくるようだった。

「こんな果物見たことがない。まるで宇宙の先のどこか、異世界のような場所からやってきたみたいだ……」

 愛音は鼻を摘み、涙目になりながらつぶやいた。

 ふと、その異様なオーラをかもしだしているパイナップルから視線を外した。すると愛音はダンボール箱の底に隠れていたメモを見つけた。ノートの切れ端のような紙に、鉛筆で拙い字が書かれている。

 そのメモには次に、あまりにも突拍子で目を丸くするほどのヘンテコなことが書かれていた。

「コノパイナップルクヘバ セイシンセカイ アノヒトノ ココロガワカル アノヒトノココロガ アナタノココロデ ウワガキサレル アノヒトハ キサマガエラベル メヲアワセロ アノヒトノココロヲ トリモドシタイバアイ セイシンセカイノ カクシンニセマレ」

 何と読みにくい文字であろうか。きっと子供が書いたに違いない。きっとこれは全部子供のイタズラなのだろう。まさか、パイナップルを食べれば、自由に精神世界に入ることができる。だなんてあるわけがないのだ。あまりにも現実味がないではないか。誰がこんな不味そうなパイナップルを食べるのであろうか。愛音はそう思っていた。

「今、そんな子供騙しに付き合っている暇はないっ!」彼は怒りまかせにメモをぐちゃぐちゃにし、パイナップルをゴミ箱に入れてしまった。愛音の心もぐちゃぐちゃになっていたのだ。なんせ、学校を休んでしまっている彼女に、追い討ちをかけるように、別れを告げなければいけないのだから。

 しかも今愛音は受験中で、本来なら勉強を必死に取り組まなければいけない時期だった。愛音の頭の中はあれやこれやと一杯になっていたのだ。

 そんな時だった。そんな可哀想な愛音にとどめをさすような出来事が起きてしまうのだ。窓から漏れる光だけで照らされた暗い部屋にインターホンの音が響いた。

「愛音……」闇葉の声だ。玄関の扉の向こうから聞こえた。「ごめんなさい、ちゃんと謝りに来たの。少しだけ話できないかな」

 扉の向こうには不敵な笑みを浮かべ、か弱い声で話す闇葉がいた。彼女は一体どうしてやってきたのだろうか。何をしにきたのだろうか。それは何とも恐ろしい理由であった。

「もうあんなことしない。本当よ、反省してる。だからね、だから私を振らないで……もし私、愛音に振られたら生きていけない。お願い、許して……?」

 何ということだろうか。彼女はわざわざ愛音の家にまでやってきて、彼を失わないように、釘を刺しにきたのだ。

「……」

 彼女にこんなことを言われてしまっては、別れようにも、別れられないではないか。もし、彼女を振ってしまったら、罪悪感が喉に刺さって、眠ることもできなくなる。

 闇葉はなんて利口なのだろうか。うまく女という立場を利用し、可哀想な女子(おなご)を装うのだ。そんな女子を放っておけないない男は、まんまとこの罠にはまってしまうのだ。

 ああ、なんて可哀想で哀れな愛音。これでは負のスパイラルが永遠と続いてしまう。ずっと、彼女の手の中で所有され続けてしまうのだ。

 愛音はまんまと闇葉の罠にはまってしまった。光をなくした瞳が玄関に吸い寄せられていった。手足はそれについていって、四つん這いの体勢で進んだ。

「――わかった……許すよ」

「ほんとう!?やったーそれじゃあ、扉を開けて?」

「……うん」

 愛音は言われるままに、扉の鍵をあけ、闇葉を部屋の中に入れてしまった。

 次の瞬間、家の中に入った闇葉は驚くべき行動に出たのだ。愛音が踵を返し部屋に戻ろうとした時、彼女は勢いよく愛音に抱きついたのだ。出来るだけ強く、縛り付けるように、身動きできないように、決して離さなかった。スッポンが指を噛んだ時みたいに、強く離さない。

「寂しかった。でも今はとっても暖かいよ……ありがとう、愛音」

 闇葉は顔を愛音のお腹あたりに擦り付けて言った。同時に愛音の頬も哀れにもせつなく、赤く染まってしまうのだもう彼女から逃れることは出来ない。愛音は最後のチャンスを逃したのだ。これから愛音はどんな最悪に見舞われてしまうのだろうか。愛音はあまりにも優しくて、おかしいくらい真面目であった。そのため、彼女の囚われの身となってしまったのだ。

 いっそ、このパイナップルを口にし、腹を壊して、倒れたい。この現実から逃れたい。そう愛音は考えるばかりであった。もし、本当に精神世界に入ることができるのなら、どれほど救われることか。

 愛音は薄暗いキッチンの前に立って、ゴミ箱に入ったパイナップルを眺めているのだった。彼は視線を一点に集めたまま、喉をゴクリと鳴らした。

続く……。


※お詫びとこれからについて〜おまけ〜

一週間もの間、毎日投稿が途絶えていたことをこの場を借りてお詫びします。🙇
学業などで忙しくなってしまい、執筆の時間を取ることが難しくなっておりまして、今回のような音信不通になってしまいました。
なぜ最初から難しいということがわからなかったのか。そんな自分の計画の怠らないところを深く反省しております。🙏
小説の執筆においてはもちろん何よりも上手くなりたいですし、本当は学業そっちのけで執筆練習を努力したいです。
しかし、そんなことではよくないということも理解しております。なので、これからは次の方法で投稿したいと思います。
それは、二日に一作品投稿です。
この方法を取る理由は他にもあって、インプットも取り入れたいなと思ったからです。執筆をする、アウトプットをひたすらに続けるのは、確かに書く力を得ることができるけど、得る情報に限りがあり、成長のスピードがインプットを取り入れた時よりも遅いように感じたのです。なので、1日目、読書又は、外出、取材など(インプット)2日目、執筆など(アウトプット)と言った感じで、進めていこうと思います。
学業もあるのでグダグダになってしまうかもしれませんが、これからも日々頑張っていこうと思います。
応援いただけるともっと頑張れます!

次回 第三話 明後日 投稿!

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