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倉俣史朗のデザイン‐記憶のなかの小宇宙‐の話

透明のアクリルの椅子の中に浮かぶバラの花。
メインビジュアルの写真を見てこんなん絶対好きじゃーん!となって、世田谷美術館までよっこいしょと出掛けていった。

アクリル、ガラス、金属など一見すると家具にするには不向きに思える素材を使った美しい家具は、アートでもあるし工業デザイン的でもある。
この展示を見るまで倉俣史朗さんのことは知らなかったけど、展示内容はとても興味深いものばかりですごく面白かった!

世田谷美術館、初めて行ったけど広々しててとても良いね。

家具の実物とともにスケッチや設計図も見ることができて興奮。図面に書き込まれた文字、この独特な描き文字にめっちゃキュンとしちゃう。(偏った嗜好の持ち主)

もともと60年代~80年代にかけてのとんがってた時代にブティックなどの店舗デザインをしていたらしく、その中でも宇野亜喜良、横尾忠則と私の大好物!な人たちが天井画や壁画を手掛けていたり。当時の写真がスライドショーで流れており、釘付けに。この時代を肌で感じられていた人たちが羨ましい。
ISSEY MIYAKEの店舗や、香水瓶のプロトタイプも素敵だった。素材と色と形の調和にこだわってデザインしてるのが良い。

そもそも「オリジナル家具をつくり始めたのは別に仕事として依頼されたわけではない」らしく、純粋に創作意欲が湧いて作られたものだから、純度が高いしユーモアもあって面白い。これ前に横尾忠則も言ってたやつだ!って思った。頼まれてないのに描いちゃうってやつ。


窓の外の景色も込みで良い。

展示を見ながら、ほぉ~と思った言葉がいくつか。モノづくりを生業とする上で知っていたい言葉。

●本質的なものをすり替えてしまうから、できる限り頭の中で描いてデザイン画は極力描かせないようにしてる。

●人間の本質を不断に触発し「永久性」を創り出していくという意味で
使うことを目的としない家具、ただ"結果として家具であるような"家具に興味がある。「引き出しは人と対話する家具」

●ガラスは「ニオイ」が無い。「ニオイ」は過去のもの。

●苦情FRP焼却処分事件(勝手に命名)
デザイナーは公害を含め、最終素材処分まで考えなければいけない。


商業的なモノづくりと違って、思想を込めすぎィ~!な感じもあるけど、それこそがこの人の強みだと感じた。

ガラスの破片をじッと見る。


大好きテラゾ。どっかの地下鉄構内の床がこんな感じでおッ!と思った記憶。


夢日記という括りでスケッチやメモが展示されていたのもすごくおもしろかった!
作品とはあまり結びつかないようだけど、侍とか信長?とか日本史的なものが出てくるのが意外でおもしろいなーと思った。潜在意識のなかを覗いたような。
チューリップの壁紙とベッドカバーのスケッチ、めちゃかわいい。

「デザインを呼び起こすのは意識下に沈殿している様々な映像。」
「夢は養分であり、現実であり、解放区である。」

私も夢の中でいろんなこと考えがちだから、この感覚、めっちゃわかる。
自分の中にある意識や記憶を「引き出し」とも表現するし、「人と対話する家具」として引き出しを作っていたというのもなんか繋がりを感じた。自分自身の内側にある引き出しと、外界との繋がりと遮断を意味する、社会との繋がりとしての表面的な引き出しと。

私もちゃんと夢日記つけようかなぁ。

ミス・ブランチは生で見るともちろん「わぁ!」ってなるけど、ほかの家具たちも見ていると普段私たちを地球に引き止めている重力や引力、もっと言えば世間で言う常識をふわっと取っ払ってくれるような感覚にさせてくれる。椅子が一休みするための椅子。羽根がふわふわと浮かぶアクリルのスツール。実際に座ることはできなかったけど、座ったら更にそれを感じられるのかな。

夢と現実を行ったり来たりするような、心地よい浮遊感を楽しめる展示でした。

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