ボブ・ディラン Like a Rolling Stone

 <She Belongs to Me>というディランの曲は、ディランという男性の中に内在する「女性」についての曲だとわたしは思っている。ディランの半生を描いた映画「I'm not there」で、当時のディランを女優のケイト・ブランシェットが演じているのもそれに通ずる。そして、歌詞の中で自身のことを歌う場合でも、女性に仮託して歌っていると思われることがある。
 この<Like a Rolling Stone>という曲の<Miss Lonely>もディラン本人を戯画化した人物だとわたしは考えていて、当時キャリアの頂点にあったディランが、将来、誰にも顧みられることのない存在になるという転落の恐怖を歌ったものとして捉えている。
 曲名にある<Rolling stone>は、A rolling stone gathers no moss.「転がる石に苔むさず」という故事にある「転石」を指していて、栄華からの「転落」も同時に示唆しているようだ。<rolling stone>という表現はサブカルチャーの文脈では、stoneが「睾丸」という意味もあることから性的に解釈され、さらに社会からはじき出されたアウトサイダーのような自負の意味も加えて使われている。そういうことに対する揶揄の意味も含めて、あえてディランは「正統」な意味で使用しているのではないかと思われる。
 この曲はイギリスのツアーから帰る途中「大量の反吐を吐くようにして書いたものだった」という。当時、ディランは周囲の人間に対して、言うのもはばかるような意地の悪い態度で接する場面もあったらしい。歌詞の中の< Napoleon in rags>「ボロを着たナポレオン」とは、「夢を追っているという気位ばかり高くて成功していない人」を指す辛辣な表現のようだ。この曲の中では、そういう自身の振る舞いだけでなく、ディランに追従するとりまき連中も冷徹に観察していて、決して、自らの情況に溺れ切ってはいるわけではない。


その憶測がぼくを震えあがらせた ...だってぼくは決して
聞いたことがなかった 
その声を

Bob Dylan <11 Outlined Epitaphs>

 アルバム「時代は変わる」に載っているディランの詩の一節である。「11の概略の墓碑銘」というこの詩のなかに、11あるうちのひとつ目の墓碑銘はディラン自身のそれの概略。自身の名声が永遠のものではないという声に怯える気弱な人物として自らを葬っている。

それに ぼくのはものすごい孤独となるだろう
溶けて深くまでしずむ
ぼくの自由の底まで
そして その時
残されるのがぼくの歌となるだろう

Bob Dylan <11 Outlined Epitaphs>

 そして11番目の墓碑銘はディランの「歌」へのもの。最後に祝福されているのは自身の歌である。そして、この詩を書いたころの純粋な気持ちから比較すると、<rolling stone>という「転落」のモチーフがかなり変容していったことが窺われる。

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