岐阜イノベーション工房_2018-06-01

テクノロジーの“辺境”(第3回)

このシリーズは、2018年6月1日に岐阜県大垣市で開催した、新規事業創出を中心としたイノベーションに関するシンポジウム「岐阜イノベーション工房2018シンポジウム:テクノロジーの“辺境(フロンティア)”」での基調講演を基に再構成したものです。

誤解3:イノベーションは「斬新なアイデア」が最重要である

イノベーションを事業という視点でみると、大きく既存事業と新規事業に分けられます。既存事業において、主要な顧客の声を聞きながら改善を続けていくということによる効果は、過去のデータから高い精度で予測可能で、失敗する確率も低く、安定しています。

これに対して、新規事業は過去の延長線上にないため、予測不可能で、成功率も低く、短期的にみた場合には経済的合理性はありません。しかしながら、中長期的にみると新規事業には直接の収益以外の効果があります。例えば、対外的にはその企業の認知的認知度が向上する、優秀な人材を確保できる、といったことがあるでしょう。また、対内的には組織を活性化することにつながるかもしれませんし、優秀な人材が流出してしまうことなく内部に留まって挑戦してくれるかもしれません。

くわえて、既存事業というのは様々な要因によって消失する可能性もあります。例えば、自動車や航空機の部品をつくっている企業の場合、電気自動車への移行や、製造方法の大きな変化により、近い将来において自分たちの事業が消失する可能性もあります。

こうした理由により、たとえ短期的にみて経済的な合理性がなかったとしても、ある程度の資源を投入して新規事業に取り組む必要があるのです。

さて、新規事業創出に取り組むには何が必要になるのでしょうか?長年に渡って人材開発を研究してきた教育学者の中原淳さんは田中聡さんとの共著『「事業を創る人」の大研究』(2018年)において、新規事業は斬新なアイデアだけでは実現せず、事業を創ることのできる組織風土の醸成が必要である、と主張しています。

新規事業は「数」の勝負です。新規事業の成功確率を高めることに限界がある以上、成功を収めるには数の勝負しかありません。すなわち、新規事業に挑戦する機会の総数として“挑戦母数”を増やす必要があります。新規事業の挑戦母数を増やすためには、事業を創る組織風土が醸成されている必要があります。(中略)新規事業の出発点は「人」です。よって、挑戦母数を増やすには新規事業へのチャレンジを志す人を増やさなければなりません。そのためには、会社として事業創出に適した人材を見極め、サポートし、創る人が活躍できる組織を整える必要があります。さらに、創る人のセカンドキャリアを設計することも重要です。そうした創る人と組織の不断の育成・開発があって、はじめて事業を創ることのできる組織風土が醸成されるのです。

さらに、新規事業を創るために経営層や上司がすべきことは、起案された新規事業案の重箱の隅をつつくような指摘をすることではなく、創る人とともに議論し、考え抜いて事業構想を前進させる条件や提案することだとしています。フィードバックを重ね、たとえ失敗しても地道に継続し続けれることにより初めて、人と組織の事業をつくる能力が高まっていくというのです。

失敗を許容する文化で知られている世界的な企業にダイソンがあります。最近行われた若手社会人や学生との対話イベントにおいて、創業者のJames Dyson卿は次のように述べています。

新しいアイデアをからかうことはしませんし、新しいアイデアがうまくいかないのではないかと言うこともありません。誰かが新しいアイデアを持ってきたら、私は「さあ、そのアイデアが実現できるかやってみてくれ。試作機を作って、テストし、何が起きるか確かめろ」と言うだけです。誰もが自分のアイデアを抱くチャンスがあり、私たちはそれを奨励しています。いつでも失敗していいのです。そこから学べるわけですから。もし、自分自身で試作機を作り、それがうまくいかないことを自分で目撃すれば、どうすればうまくいくかひらめきます。しかし、もしあなたが自分のアイデアをほかの専門家にテストしてもらい、結果だけ渡してもらうようにしたら、あなたは決して、そのアイデアを実現することはできないでしょう。実際に自分で試作機を作り、テストすることが重要なのです。

Dyson卿は、デュアルサイクロン型の掃除機のアイデアを着想してからそれを実現するまで、失敗を繰り返しながら合計で5127台のプロトタイプをつくったといいます。失敗というと、何かとネガティブな印象がつきまとうかもしれません。そのため、失敗したときにその責任を自分以外の人にするため、アイデアを基にプロトタイプをつくる部分をアウトソースしている企業の話をしばしば耳にします。しかしながら、Dyson卿が指摘しているように、自分でプロトタイプをつくり、失敗し、そこから学ぶからこそ、イノベーションにつながるアイデアを実現することができるのではないでしょうか。ここまでをまとめると、以下のようになります。

・新規事業は斬新なアイデアや優秀な人だけでは実現できず、事業を創ることのできる組織風土が必要。
・事業を創ることのできる組織風土は、創る人と組織の不断の育成・開発があって初めて醸成される。
・自分自身でプロトタイプをつくれば、失敗から学ぶことができ、粘り強く続けることでそのアイデアを実現できる確率が高まる。

次回は、これまでに深めてきたイノベーションに関する理解と共通認識を基に、いよいよ「“民主化”したテクノロジーを活用したイノベーション創出」という考え方を紹介します。

リファレンス

田中 聡、中原 淳『「事業を創る人」の大研究』クロスメディア・パブリッシング(2018年)
大竹 剛『1億円を借りれば、「ダイソン」を作れる—ジェームズ・ダイソン氏が若手社会人や学生と対話』日経ビジネスオンライン(2018年5月25日掲載)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/052100137/

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