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ジャーニーマップ

これから自分たちがつくろうとしているプロダクト(製品やサービス)の対象となる人々の経験について理解を深め、イノベーションの機会を見つけるための問いへと繋げていくための手法が「ジャーニーマップ」です。ジャーニーマップとは、顧客や最終利用者など、ある登場人物が出発点から到達点に至るまでの一連の経験をジャーニー(旅)として捉え、連続する段階を描き出したマップ(地図)です。ジャーニーマップのつくり方はケースバイケースですが、自分自身で描いてみた経験を踏まえ、参考になりそうな例を紹介します。

一つの場面からなる経験についてジャーニーマップを描く

最初に紹介するのは、スタンフォード大学d.schoolが公開している《Journey Map》という動画です。この動画で紹介されているのは、コーヒーを飲みたいなと思った人がコーヒーを手にするまでの一連の行動を手描きで描くという手法です。この手法で必要になるのはA3のコピー用紙とペンだけです。

この動画では、ジャーニーマップを描く上で重要なポイントがいくつか紹介されています。第1は、「What happens next?」(次に何が起きるの?)という質問を繰り返して、一連の体験の最初から最後までの段階を漏れなく書き出していくということです。ある人がコーヒーを飲む、という場面を想像した時、パッと考えると「コーヒーを手にする」「コーヒーを飲む」という2つの段階だけを思い浮かべてしまいがちです。しかしながら、実際には「コーヒーを飲みたいな」と思ってから実際に飲むまでの間にはかなり多くのステップがあります。この動画の例では、次のような12のステップとして描き出しています。

1. コーヒーを飲みたいなと思う
2. どこでコーヒーを飲むかを決める
3. コーヒーショップの駐車場まで運転する
4. コーヒーショップの駐車場に駐車する
5. コーヒーショップに入る
6. 行列に並んで待つ
7. メニューを見て何を注文するかを考える
8. 自分の番が来たらバリスタと会話しながら何を注文するかを決める
9. コーヒー以外に何か食べ物を注文するかどうかを決める
10. 支払方法を決める
11. 注文したコーヒーを受け取る
12. コーヒーを飲む

第2に、旅の始まり(コーヒーを飲みたいなと思う)から終わり(コーヒーを飲む)に至るまでの経験は、多くの段階が連なって構成されるものだということを理解し、全体性を考えることです。例えば、途中で道路が渋滞する、コーヒーショップでの待ち行列が長いなど、どこかの段階におけるネガティブな感情は経験全体に影響します。

第3に、一連の段階の中で介入できるところを見つける、ということです。この例では、行列に並んで待つ、何を注文するかを決める、という2つの段階について、さらによいものにするためのちょっとしたアイデアを紹介しています。このように、旅の出発点から到達点までにどんな段階があるかを描き出し、一連の経験について全体性を考え、さらによくできる機会を見つけるのです。

さて、この例は、ある人がコーヒーを飲もうと思ってからコーヒーを飲むまで、という一つの場面に関するジャーニーマップでした。実際には、一つの場面では完結しない経験を扱う機会の方が多いでしょう。そんなときにはどうすればいいのでしょうか。

複数の場面からなる経験についてジャーニーマップを描く

例えば、あるイベントに参加する場合を考えてみましょう。チケットを入手する、イベント当日まで、イベント当日など、いくつかの場面があるでしょう。さらに、それぞれの場面の中にいくつかの段階があります。こうした場合、どのように描いていけばいいでしょうか。

基本的な考え方は同じで、出発点と到達点を決め、その間にどんな場面があるかを考え、最初の場面にどんな段階があるかを考え、「この次に何が起きるだろう?」と自分たちに問いかけながら順に描き出していくのです。この手法を用いる時には、A3のコピー用紙ではすぐに足らなくなるため、もっと大きなサイズの紙、ホワイトボード、オンラインホワイトボードを用いるとよいでしょう。この中でおすすめなのは「Miro」などのオンラインホワイトボードです。オンラインホワイトボードは、複数の人が離れた場所にいても同時に描き込むことができます。また、部屋を片付ける必要がないため、少し時間が経ってからでも瞬時に前回の状態を思い出すことができます。さらに、物理的なホワイトボードや空間のように制限がないため、必要に応じてどんどん拡張できます。次の図は、あるイベントを見つけるところを出発点、イベント会場を離れるところを到達点として、一連の流れを記述したジャーニーマップです。

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この例では、縦方向に以下のような項目を配置して書き出しています。

・場面
・段階
・登場人物の目的
・タッチポイントと登場人物の行動
・登場人物の感情
・メモ

このジャーニーマップを作成するためのステップを4つに分けて説明します。まず、ステップ1では、登場人物を選び、ジャーニーマップの出発点と到着点を決めます。例えば、ある人がコーヒーを飲みたいなと思った時から、実際にコーヒーを飲むところまで、のようにです。

次のステップ2では、出発点から到着点に至るまでの場面を書き出し、さらに段階をもれなく書き出し、それぞれの段階における登場人物の目的を書き出します。例えば、場面としては、朝起きる、自宅で仕事をする、外出して気分転換する、自宅に戻って仕事の続きをする、など。それぞれの場面の中には、先程の例で見たようにいくつもの段階があるでしょう。

続くステップ3では、それぞれの段階について、タッチポイント、行動、感情を記述していきます。例えば、行列に待つ段階であれば、タッチポイント:待ち行列、行動:列に並んで待つ、感情:早く自分の順番が来ないかとイライラしている、といったようになるでしょう。

最後のステップ4では、ここまでで記述した内容を振り返り、重要だと思われる段階をいくつか選び、それぞれの段階における課題(解決すべき問題)を機会として捉え直し、文章として記述していきます。例えば、「顧客が待ち行列で待っている間にイライラしてしまう」という課題は、「もし顧客が待ち行列を楽しく過ごせるようにできたらどうなるだろう?」という機会として解釈し直すことができます。

課題を機会として再解釈できれば、さらに「顧客が待ち行列を楽しく過ごせるようにするにはどうすればいいだろうか?」のように、アイデアを促す問いへと変形していくことができます。このように、人々の経験をジャーニーマップとして記述することにより、一連の経験の中において何が起きているのかを深く理解し、機会となり得る課題を見つけることができるのです。

さて、ここまでで見てきたのは、一人の登場人物の、複数の場面に渡る経験を記述するためのジャーニーマップでした。さらに複雑な例として想定できるものに、異なる立場の人々が複数関わる経験があります。そんなときにはどうすればいいのでしょうか。例えば、あるサービスの送り手側と受け手側の両方についてジャーニーマップを描こうとすると、場面や段階はほぼ同じですが、登場人物が異なります。こうした場合には、列は共通にしつつ、行を追加することにより、お互いの立場を比較しながら、お互いの接点についてどんなギャップがあるのかを確認できます。また、場面ごとに関わる人々が異なり、その中でタッチポイントが引き継がれていくような場合であれば、場面ごとに同じ行の中で登場人物を切り替えていくこともできるでしょう。このように、必要に応じて描き方を柔軟に拡張していくことにより、より複雑なジャーニーマップも記述できるのです。

以下は、2021年2月27日10時よりClubhouseで開催したセッションでいただいた質問やコメントを基に追記した部分になります。スピーカーおよびリスナーとして参加していただいたみなさん、ありがとうございました。

補足1:ジャーニーマップの目的を確認しよう

ジャーニーマップには、大きく分けると「現状はこうです」(as is)を記述したものと、「あり方はこうです」(to be)を提示するものの2種類があります。この2つの違いについては、サービスデザインを推進するデザイン会社「コンセント」によるこちらの記事が分かりやすいと思います。

実際のセッションでジャーニーマップを描き始めると、この2つが混在してしまうことがあるかもしれません。特に、クリエイティブな人が参加しているセッションでは、現状を記述するセッションとして始めたのに、「ここでこうしたらいいんじゃないの?」というアイデアが途中で加わり始め、気がついたら最後には渾然一体となったものができあがってしまった、という展開は起きがちです。こうした展開を防ぐためには、これからのセッションの目的は何であるかを最初に確認し、セッションの最中にも常に意識できるよう、参加者の目に付くところに大きく貼り出しておく、などが有効かもしれません。

補足2:ジャーニーマップを閉じないでセッションを終えよう

多くの場合、ジャーニーマップを含めたリサーチにかけられる資源、具体的には人、時間、資金は限られます。そうした制約の中で進めるにあたり、できるだけ完成度の高い成果物に到達したい、という気持ちが働くことは多いでしょう。しかしながら、完成度を高めようとして、中途半端な部分(鯛焼きで例えれば型から生地がはみ出した端っこの部分)をそぎ落とし、完結したものにしようという気持ちにあらがい、あえてそうした部分を残しておいた方がいいかもしれません。というのは、本当は、設定した出発点と到着点の前後にも経験は連なっているはずです。また、限られた時間で描き出した人以外にはまた別のジャーニーがあり、少し違った部分があるかもしれません。さらに、上手く言語化できないものの何か気になってモヤモヤするところに、実は重要な何かに繋がる通路への扉が隠れているかもしれません。そうした部分について、そぎ落とすのではなく色を変えるなどして残し、開かれた状態でセッションを終えるといいかもしれません。そうすることにより、作成したジャーニーマップを基に進めたが上手く行かない、といった時、立ち戻って方針を立て直す際のヒントになるかもしれません。

補足3:ジャーニーマップとアイデアの前後関係

現状(as is)を記述したジャーニーマップを描いた後、あり方(to be)を提示するジャーニーマップを描くのと、アイデアを出すのと、どちらを先にすればいいのでしょうか。大きく分けて、どちらを先にする/なるかは、どんなプロジェクトに取り組んでいるのかで決まってくると思います。例えば、現状においてネガティブな感情が生まれやすいところや、ギャップになっているところが見つかり、それらの課題について議論する場合には、アイデアを出していく段階が先になり、その上でそのアイデアを反映したジャーニーマップを描いて確認していくことになるでしょう。そうではなく、現状を確認した上で、まず先に自分たちが実現したい経験をジャーニーマップとして描き、そこに辿り着くためにはどうすればいいだろうか?という課題に対してアイデアを出していく、という順序もあるでしょう。さらには、アイデアを出しながら同時にジャーニーマップを描くということもあるかと思います。いずれの場合にも、今取り組んでいるセッションは何を目的にしているのかを確認しつつ進めることが重要です。

おわりに

ジャーニーマップに関しては、既に数多くの書籍が出版され、語り尽くされている感がありました。がしかし、実際に自分で描いてみようとした時に丁度いい説明がなかったため、簡単な記事を書いてみました。もし、記事を読んだ感想や質問などあれば、この記事へのコメントやTwitterへのメンションなどで伺えたらとても嬉しいです。


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