第5章 その後の物語──2004、弦と弧 立石遼太郎

芸術についてのあらゆる解説と議論は、芸術作品を——そしてひろげて言えば、われわれ自身の経験を——われわれにとってもっと実在感のあるものとすることを目ざすべきである。作品と経験の確かな実在感を薄めてしまってはならない。批評の機能は、作品がいかにしてそのものであるかを、いや作品がまさにそのものであることを、明らかにすることであって、作品が何を意味しているかを示すことではない。
スーザン・ソンタグ『反解釈』高橋康也、出淵博、山良君美、海老根宏、河村錠一郎、喜志哲雄訳 ちくま学芸文庫、1996

0 第4章を振り返って 

少しだけ、第4章を振り返ろう。
かわいい建築とはなにか。建築のかわいさとはどのようなものか。スパニッシュ・コロニアル様式と僕の実家である三井ホーム、それから中山英之設計の《2004》(2006)のかわいさの違いはなにか。それから、なぜ中山英之の作品はフィクションの気配がするのか。第4章で僕らが考えていたことは、おおよそこのようなことだった。
僕らは、中山が建築家を小説家にたとえたことについて、考えていた建築家の仕事は「原稿用紙を考えること」、「物語を書くこと」。そう中山はいう。
ここに僕は、「ペンを選ぶこと」と「レトリックをあてはめてみること」を加え、《2004》のスケッチを観察してみたことを思い出したい。ただし、《2004》を語る上で、レトリックが必要といいながら、その理由を宙に浮かべたままである。
建築家を小説家にたとえるとするならば、あともうひとつ欠かせないものがある。登場人物を描くこと、これを欠いては小説は成り立たない。ここから先しばらくの間、《2004》にはどのような人物が登場するのかを観察していこう。やがてレトリック、それから登場人物が《2004》を克明に描き出すだろう。その先に、かわいさとフィクションのつながりを見つけ出す道筋があるはずだ。

1 地面から持ち上げる

《2004》は、地面から少し浮いた建築物であった。大きな百葉箱は、百葉箱がそうであるように、地面から持ち上げられていたことを思い出したい。それにしてもいったいなぜ、《2004》は地面から持ち上げる必要があるのか。
その理由を、中山は以下のように説明する。

キオスクコンペ*1の数年前に遡りますが、初めて自分で設計することになった住宅の敷地は、休耕田の一角でした。そこにボサボサと自生していたシロツメクサも、やっぱり外来種です。土地を見に行って最初にした仕事は、クローバー*2の間から敷地境界標を探すことでした。(中略)でも、海を越えたあっちが外でこっちが中だとか、どこからどこまでが誰の敷地だとか、そんなことは帰化植物にとってはどうでもよいことです。建築家だけ、急にその線を頼りに形を考えていくというのも、なんだか違う気がしました。それで、この土地の中にだけ残ったクローバーの地面から、家を離して建てることにしました。既に工事の始まった他の家も、敷地境界線から測ったように距離を置いて建っています。こちらは垂直に五〇〇ミリ、他の家は水平に五〇〇ミリ*3。家々からちょっとだけ距離を置いたこの土地は、誰かの敷地というよりは、まず地面であるという感じがします。
中山英之『スケッチング』新宿書房、2010
*は筆者加筆

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