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読書をやめた司書

こちらの後編です。
お時間がありましたら前編もどうぞ。



「山田悠介懐かしっ……」

心の中でそう呟いたつもりだったけれど、もしかしたら声に出ていたのかもしれない。

小学生の頃、私の周りでは山田悠介が一大ブームを巻き起こしていた。
『リアル鬼ごっこ』の大ヒットにより、私の周りだけでなく日本中の若者たちの間で、山田悠介の作品は絶大な人気を誇っていたように思う。

この頃から流行とは一定の距離を置いていた私だったが、御多分に洩れず、すぐに山田悠介作品の虜となった。

けれど中学に入った頃、それに取って代わったのが「ラノベ」である。


クラスの大半が読んでいた、とあるラノベの表紙を見た担任が「『電撃文庫』って!名前インパクトありすぎ!」と笑いながら言っていたのがやけに記憶に残っている。

しかしながら私は相変わらず「読書するなら山田悠介一択」だった。



そんなある時、朝読書の時間に私が読んでいた本を見て同級生がこう言った。


「『リアル鬼ごっこ』の人っけ?古くね?」


今思えば、なんてことない一言である。
けれどその悪意のないストレートな言葉は、思春期に片足を突っ込み始めた、当時の私の胸を深く突き刺した。

それきり、私は山田悠介を読むのをやめた。



本の背表紙がやけに目を惹いた。
この感覚は久しぶりだ。

それに、たまたま目に留まった本が山田悠介だとは。

まるで、街中で思いがけず、何年も交流のなかった旧友に会ったときの、懐かしいような気恥ずかしいような、何とも言えない気持ちを思い出した。

図書館で働きたての頃は、本に囲まれた環境で毎日を過ごすことが新鮮で、書架を見渡し装丁を見てピンときた本を借りて読んでみる、という遊びをよくしていた。
いわゆる「ジャケ読み」である。

手にとって表紙を見てみる。やっぱりそうだ。
私の好みである【近未来】【サイバー】【ポップ】というキーワードがぴったりのカバーデザインがそこにあった。

ジャケ読みの成功率はおよそ5割、いやギリ4割か……嘘です本当は3割以下です、程度。
装丁が好みだからといって、その内容も自分に合ったものだとは限らない。
けれど、つい何度もやってしまうのが人の性である。

そうして今回手にした本がこれだ。


『俺の残機を投下します』山田悠介/著(河出書房新社)



eスポーツの世界を舞台にしたストーリーだ。
小学生の頃は平均で1日8時間ほどを費やすゲーム三昧の日々を送っていた、自称元ゲーマー(なお技術は伴っていない模様)の私にとってはかなり興味を惹かれるものであった。

eスポーツの知識は全くないが、2030年の世界を生きるプロゲーマーたちの描写に冒頭から引き込まれた。
読み進めていくうちに、昔『Aコース』(山田悠介著)を読んだ時のような高揚感を覚え、

"山田悠介の本を読んでいる時の感覚"

がした。




とある批評サイトで、山田悠介の作品のレビューを見てみると「あくまで子ども向け」「文章表現がなってない」などの、読書家と思われる人たちのコメントを見かけた。

以前の私であれば、ここで他人の評価を全て鵜呑みにして、気の進まない自己啓発本や、自分には不向きな純文学に手を出していたところだろう。

けれどこの本を読んで、私の心の中には確かに沸き立つものがあった。
それに自分の選んだ本が、子ども向けだと言われようと何と言われようと、そんなことはどうだって構わないと思った。

久しぶりに読んでいて楽しい、早く続きを読みたい、と思える一冊に出会ったのだ。

読書が苦痛になり始めたこの頃、私は何のために本を読んでいるのかが分からなくなっていた。

私は司書だから「一般の利用者よりも知識があって当たり前」「良い本をたくさん知っていて当たり前」と知らず知らずのうちに、自分に圧力をかけ続けていて、読書はそのプレッシャーから逃避するためだけの行為のようであった。

けれど、本当に自分の読みたい一冊の本を、何日もかけてじっくり楽しみながら読んでいた昔の私にやっと戻れた気がする。

私が読書に求めるものは、為になる知識でも、巧妙な文章表現でもない。
ただ単にワクワクできるかどうか、だということに気づいた。




読了後、興奮が冷めやらず、【俺の残機を投下します】のキーワードでヒットした記事をひたすら読み漁った。


そのとき、この本のプロモーションビデオなるものを見つけた。

これがかなりの力の入れようで、人気声優やクリエイターなどが起用されたその動画に見入ってしまった。

本の世界観が上手く表現されていて、本を読む前に見ると、絶対に興味をそそられるだろうし、本を読んだ後に見ると、さっきまで本の中だけでの物語だったはずのものが突然、目の前にある現実のように思えて感動的だった。



その日から、私は新刊を片っ端から読み漁るのをやめた。
それは読書ではなく、意味のない単なる作業であるということにようやく気づけた。

その代わりに、山田悠介の過去作品を読み直してみた。どれも昔読んだことがあるものだけれど「あ〜こういう展開だったな!」と思うものもあれば、「え〜こんなシーンあったっけ!」と思うものもあり、懐かしさとともに新鮮さを感じることができた。

大人になってから読んでも滅茶苦茶面白い。
やっぱり山田悠介は最高だ。

もう楽しい読書以外、したくない。

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