sakanachan

気紛れに、ぽつりと 書いたりします。

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あなたに出逢って まだ生きていたいと思った。

私は病気がある。 余命があるとかそんな病気じゃない。 でも、治らない病気がある。 1つ目は赤血球に関するものだ。 お母さんもお姉ちゃんも持っているもので、姉も22歳の時から悪化したと言っていた。 私の歳だ。 この病気の1つ目の問題は、私の赤血球は普通の人よりも遅いスピードで作られるということ。 赤血球は、酸素を作り出すものだ。 毎秒死んでいく赤血球は、新しい赤血球を生みだす。普通はその割合は1:1ではない。もっと多いのだ。私の赤血球はそのスピードがとても遅いので、なくなっ

    • 面影

      もう別れて3年 まだあなたのことを思い出す あなたと別れてから 私は誰とも付き合ってないよ 好きになることはあった でも全部 訳ありの叶わぬ恋だったよ 新しい出逢いがある度に 私はあなたの面影を探してた こういうところが似ているな とか 全然違うタイプの人だな とか 名前 ちょっと似てるな とか 星座、同じだな とか 最近は あなたを眠れない夜に思い出すよ いつも狭いベッドに二人で寝てたよね あなたの腕の中が心地よかった いつも手を繋いで歩いてたっけ 歩幅を合わせて

      • 今日、鳥が死んだ。

        私は鳥を2匹飼っていた。 私は、というよりは、姉が連れてきたのだが。 メスとオスで、卵も産む。ウズラという鳥だ。 私は最初、反対した。 うちには猫が3匹、犬が2匹いる。 家の中で飼う場所もなければ、世話をする人もいない。結局今のペット達も、私が散歩に連れていき、私がペットサロンに連れて行き、猫のトイレのお掃除は私がしている。 そもそも、鳥には元々あまり興味がなかった。 結局その子たちの家は庭の外に置くことになり、 お掃除は姉がすることになった。文句はない。 ただ、庭の外

        • 「悪魔の子」意訳

          ヒグチアイさんの「悪魔の子」聴いて、感じた自分の気持ちを「」の中に綴っています。 鉄の弾が 正義の証明 貫けば 英雄に近づいた その目を閉じて 触れてみれば 同じ形 同じ体温の悪魔 僕はダメで あいつはいいの? そこに壁があっただけなのに 「何がどう違ってても、外見が違くても、結局元を辿れば皆同じ。皆生きたいだけ。」 生まれてしまった 運命嘆くな 僕らはみんな 自由なんだから 「僕らは皆自由。産まれた時から檻の中にいるけれど、その可能性は無限。自由に産まれ、自由に死ぬ

        • 固定された記事

        あなたに出逢って まだ生きていたいと思った。

          私の悪魔

          私の中には悪魔がいる。 そいつは頭の中で 悲鳴をあげたり 物を投げたり 叫んだりしている。 どうしてかは分からない。 何が引き金になっているのかも、分からない。 そいつは、とても疲れている。 この世界に。自分自身に。生きていることに。 上手くいっている時でも 悲しい時でも 何もない時でも そいつは泣き叫んでいる。 怒り狂っている。 私の中で。 普段は気付かないふりをしているが 世界が静まる夜中に、たまに姿を現す。 どうしたの? 何があったの? 私に、教えてよ。 声に

          私の悪魔

          循環

          昨日、進撃の巨人を全話Netflixで見終わった。 前から名前は聞いたことがあったが、昔1話目を見た時に身体が飛び散るのを見て観るのをやめた。 昔からゾンビ映画みたいな、身体がバラける映画はあまり好きじゃなかった。 先日友だちに勧められてもう1回見てみた。 最高に面白かった。身体は飛び散るが、それも気にならないくらいのストーリーがそこにはあった。 先週の土曜日に見始めて水曜日には最初から最後まで見終わった。OAD版も含めて。 大人の方は見ようとは思わないかもしれないが、

          好きな歌って好きな人と似てる

          どんな人がタイプ?って聞かれるのって どんな歌が好き?って聞かれるのと似てると思う。 優しい人、面白い人、とかって歌みたいにジャンル分けは出来るかもしれないけど 好きになった人をそんなカテゴリーで分けられるもんなのだろうか。 結局好きになった人がタイプで 好きになった歌が好きなんだもん。 例えば好きになって付き合った人のことについて 友だちに「どんな人なの?」って聞かれたら 「うーん、優しい人だよ。」だけでは終わらないだろう。 (それほど親しくなかったらそれでいいかもし

          好きな歌って好きな人と似てる

          ずっと子どもでいたい

          私はよく色んな人に「大人っぽいね」とか「しっかりしてるね」と言われてきた。 小さい頃はそう言われると嬉しかった。子どもって何故か子ども扱いされるのが嫌なのだ。 でも、大きくなって年上の方にそう言われても素直に喜べなくなった。 私が今思うのは、子どもの時は子どものままでいたかった ということだ。 もちろん、考え方が小さい頃からしっかりしていたおかげで先生や大人に気に入られていたこともあったし良いこともたくさんあった。 そのおかげで今のこの私がいるわけだから、文句はない

          ずっと子どもでいたい

          タトゥーをした話

          先日、タトゥーを入れてきた。 絵柄は、黒猫を抱いている女の子。 もともと二十歳になった時に入れたいと思っていたが それから2年経って、やっと好きなアーティストさんが描いた 好きな絵柄が見つかってすぐに予定を入れてタトゥーに行った。 もともと、母と姉が刺青をしていて 自分の星座の絵柄を入れている。 私も自分の星座を入れようかと思っていたが なかなかいい絵柄が見つからず。 普通に山羊座を入れるだけでもいいかもしれないが もっと凝ったデザインがいいな、と思っているからまだ保留

          タトゥーをした話

          待てばふと

          私が多用している仕事帰りのバスはとても気紛れだ 自分もとても気紛れな人間なので 「引き寄せの法則」とやらが働いているのかなと思うほどだ。 時刻表通りの時間に来ないし 来たとしてなぜか毎回とても遅く走る。 かなり人が集まる場所にあるバス停だから ちょっと訳が分からない。 急いでる時とか 早く家に帰りたい時は 本当にちょっと頭おかしくなるけれど 急いでない時はその待ち時間を楽しんでる 今日も来ないな〜 って。 ふと もしかしたら本当は来てたけど 私にだけ見えてないのかな

          待てばふと

          嫌いが好きに変わった

          私は煙草が嫌いだった。 昔父がヘビースモーカーで、たくさん吸っていた。 それに母がいつも怒っていた。 だから、嫌いだった。 そんなことで喧嘩になる原因の煙草が、嫌いだった。 今、私は煙草を吸っている。 それもかなりたくさん。 一日に一食は余裕だが、煙草は吸う。 仕事の合間 移動中 家で 「嫌いだったものが好きなものになる」を 人生で初めて経験した。 煙草を吸い始めた理由というような話は書かない。 意味がない気がするから。 煙草をやめたほうがいいかもしれない というよ

          嫌いが好きに変わった

          私は靴の買い方を知らない

          実は私… 今までに自分で靴を買ったことがない。 いつも既に家にある靴を履いている。 思えば中3くらいの頃から靴のサイズが変わってないし、新しい靴を買おうと思うこともなかった。 母と姉も同じサイズだから何も履くものがないことがなかったんだよね。 今履いている靴も、 一足は元彼と旅行したときに買ってもらったもの。 一足は母が買ってくれたもの。 一足は姉のもので私もたまに借りて履いてるもの。 見ての通り、自分で選んで買った靴が一足もないのだ。 それで不自由していることはないの

          私は靴の買い方を知らない

          さようならありがとう

          コロナ前から一緒で コロナ渦のなか一緒にいて 遠距離も体験して あの人しかいない、あの人だけしか見えない そういう思いから自分を閉じ込めて殻を作って二人で入ってた。 あの人と別れた殻が寂しくて 空いた空間を見つめたまま身動きも取れなくて 殻の中で誰かを待っていたんだと思う。 それから変わろうって思えたのは環境と周りにいた人のおかげ。 仕事のおかげで自分の殻を破らないといけなかった。 家族のおかげで自分の気持ちを話してもいいことに気づいた。 でもそれですぐに変われたわけでは

          さようならありがとう

          その傷、治ってる?

          先月家族で集まってワイワイしていた人が 次の月に身投げをしたり。 つい昨日友だちとカフェで駄弁っていた人が 次の日に自ら命を絶ったり。 ある女と男の気持ちの高ぶりからできた命。 為せば成る、の勢いで数人の人間から生きることを決められた命。 そして生存本能を身につけた いのち。 この世で生きてく術を知らないその命は 周りの人間に頼ることしかできない。 しかしその周りの人間も 喜怒哀楽のある人間であり 傷付け傷つけられながら生きてきた人間であり この、傷付くことしかできない命

          その傷、治ってる?

          帰り道に遭遇したカタツムリの話。

          かなり遅めの帰り道に伸びれば足のサイズくらいのカタツムリに遭遇した。 そいつは右側の草むらの方向から左に向かってゆっくり歩いていた。 そのまま左側に進めば車道に出る。そんな状況。そこで生まれた選択肢3つの思考回路をまとめる。 それを見た私に出来ることは 何もしない これをすれば、カタツムリくんはそのまま直進し車道まで出てしまうかもしれない。車道のさらに左まで辿り着くまでどれくらいかかるのかは分からないが、その間に通り過ぎた車にひかれる可能性もある。生存率は低い「気がする」

          帰り道に遭遇したカタツムリの話。

          私は記憶力が悪い。

          私は記憶力が悪い。 時々心配になるくらいに。 家族には冗談まじりに「金魚のように記憶が悪い」と言われる。 (金魚って3秒前に起こったことを忘れてしまうからとかなんとか←違うかも) まあとにかく記憶が悪い。 この前書いた記事に、 「いつかこんな気持ちも消えていくのだろうか。 いや、たぶん、消えはしないのだろう。 心の隅に忘れられるだけだ。」 と書いた。 それを少し掘り下げよう。 私は、忘れやすい。 覚えている記憶の断片はあるが、それはどれも曖昧で。 唯一はっきり残ってい

          私は記憶力が悪い。