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自身が発行する一次創作レーベル。BOOTHにて短編集「空に心を獲られる」を発売中です。
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記事一覧

四季を剥がす

四季を剥がす

               
 骨拾いに間に合わなくて、仕方なく送りのバスで戻ってきたあと、誰かのスピーチを聞いているところで目が覚めた。
 カーテンがちゃんと閉まっていなかったんだろう。壁に漏れるか弱い光が暗さのせいで眩しい。遠くで雷鳴が聴こえた。
 誰の葬儀かも知らないくせに、骨を拾えなかった申し訳なさと虚無感だけは残った胸に、雷の音は久しぶりに怖かった。生き物としての恐怖。
 そのうちに、

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からっぽのビーカー

からっぽのビーカー

 レースカーテンを見ながら野暮だな、と思った。
 朝の薄闇の中、窓の向こうで空が明けはじめてる。光の段差に、雲の輪郭に、空気の層に、鴇色、秘色、瓶覗。まざって、のびて、変わっていく色が全部見えてるのに、レースカーテンのせいでどうもうまく受け取れない。邪魔だ。景色に蓋をされてるような閉塞感。気に食わなくて窓を離れた。
 どうせ受け取れても、ただ身体を通り過ぎていくだけなんだけれど。
 部屋の壁を伝う

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1分間連想ショートドラマ/夢、破り捨てた、リツイート、色、もしも

1分間連想ショートドラマ/夢、破り捨てた、リツイート、色、もしも

 得体の知れない極彩色の化け物が増殖して、人の間に蔓延る夢を見た。
 身体の向きを変えたら隣の彼女がもう起きていて、スマホで子犬がくるくる回る動画をリツイートしてた。
「あ、起きた?」
「おはよう」
 最近どうも疲れてるのか、いろんな言葉がチカチカと、まるで蛍光色のように刺さる。だからときに全ての色を破り捨てて、燃やして灰にしてしまいたくなる。
 たくさんの色が主張する華やかな世界より、雪の上に季

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1分間連想ショートドラマ/春、初恋、背伸び、興奮、トイレ

1分間連想ショートドラマ/春、初恋、背伸び、興奮、トイレ

 花見の喧騒に踵を返して、ひとり桜の幹に寄り掛かった。
 上から、わたしにしか聴こえない男の声がした。
「今年も来たのか。飽きねえな」
 桜の枝に身を預けるその男は、吐き捨てるようにそう言った。
 伸ばしかけた手をポケットの中で握りしめて、代わりに少しだけ背伸びをして、屹然と顎を上げてみせた。
「相変わらず春が嫌いなんだね。桜の精のくせに」
「嫌いだよ。毎年ゴミみてえに湧く、酒飲んで興奮してる臭ぇ

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かいなの海

かいなの海

 ざざん ざざざん
 波だよ
 風が眠った 夜の海

 ざざん ざざざん
 月だよ
 無音を降らす 虹明かり

 たぷたぷ ざざん
 誰だろな
 沖で顔出す かげぼうし

 たぷたぷ ざざん
 泣いている
 ウミガメさんか 幽霊か

 ゆらゆら ざざん
 舟がいた
 月を見ながら 櫂休め。

 ゆらゆら ざざん
 ひとりきり
 帰る岸辺は、どっちかな

 
 ざざん ざざざん
 波だよ
 風が眠っ

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空に心を獲られる

空に心を獲られる

 ベッドに身体を投げ出してぼんやり天井を見ていたら、レースカーテンに頭を撫でられた。
 微かに汗の浮いた額に、風が触れる。首を反らしてつむじの上にある窓を見た。空。
 ——夏雲。
 濃いな、と思った。アクリルの原色をぶちまけたみたいな色も、くっきりと彫られたみたいな輪郭も、存在が濃い。
 この空は違う。これは季節のための空だ。そしてその季節を楽しもうとする、生き物のための。
 ちゃんと生きてる、存

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雨とココア

雨とココア

 

 こんばんは。
 こんばんは。
 夜だね。
 夜だね。
 あなたの今日は、何色だった?

 染めた頬
 駆けた階段、
 肩の木漏れ日。
 正した背、
 登った血液、
 見飽きたホーム。

 たくさんの色が、見えたかな。
 それともずっと、灰色だったかな。

 ゆっくりそっと、目を閉じて。
 もう大丈夫。色はない。
 ただの透明な、黒しかない。
 もう終わったよ。色はない。
 ただの透明な、黒

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ホットケーキとクジラ

ホットケーキとクジラ

 眠れない夜はね。
 ホットケーキを、思い浮かべてごらん。

 はちみつたっぷり、バターふんわり。
 そうしたらね、それからね。
 だいすきな人たちと一緒に食べるの。
 いつもより大っきく切り分けて、
 あーんとおくちに入れてごらん。
 あの人は、どんな顔して食べるかな。
 あの人は、バニラのアイスを乗せてるかもね。
 おくちのはしに、はちみつ付けて。
 あれれっ?わたしのどこ行った?
 ああっ、

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