見出し画像

目覚めよニッポン その3   by 茶茶 サティ


第4部分 コバンザメ


中華人民共和国は既に決意している。あとは時期だけだ。それもそう遠くはなかろう。極音速ミサイルを含めた充分数のミサイルが配備が整い、航空母艦の数と練度が揃い、建軍100周年にあたり、かつプーさんの任期が4期目に入り、それなりのジュビリーとレガシーが必要な2027年、あるいはそれ以前… 華国の糖金平はそう観測している。

それは日本人もわかっている。しかし…と糖は思うのだ。
1996年に起きた「台湾海峡危機」では、美国(アメリカ合衆国)の軍事的示威行為(プレゼンス)の前に苦杯を舐めさせられた中国人民解放軍(どこのどのへんが解放なのか説明を求めたいところだが…)だったが、今は違う。近頃にわかに美国が台湾との蜜月関係を演出し、「尖閣諸島の防衛」を確約するかのような声明を出して日本人を喜ばせている。だが見方を変えてみるとどうだろうか。以前から経済的利益こそ優先して形式上国交を絶ったものの、美国は台湾を護る立場を崩してはいない。それを今になって改めて口に出すことは何を意味するか。尖閣諸島問題だって数十年越しのことなのに今更明言するのはなぜだろうか。

それはそう言わざるを得ないほど中国の軍事的プレゼンスが増してきたからに違いない。それを平和ボケの日本人は知らないし、知っていても評価しないし、正しく評価した者でさえ対抗手段を打って来なかったのだ。今対抗したくても、まず憲法から改訂する必要があるとは、ドロ縄も極みといったところで、後世の笑いものになることは間違いない。

もともと泥縄とは「泥棒を捕まえてから縄を綯(な)う」の略語だが、「泥棒が鼻の先まで来てから縄の材料である稲や棕櫚や麻を栽培しようとしている」のが日本政治の現状で、正直救いようがない。まあ、他人の国のことだからどうでも良いと言えばどうでも良いが、一国の指導者である以上、肥え太った獲物の美味しい所だけは抜け目なくいただかねばなるまい。

だから戦略的思考の初期条件は同じであっても、その先の読みとニュアンスは全く変わったものとなるのは必然と言えよう。技術的な賢さや小器用なところはおおいに優秀であるが、熱しやすくお人好しで先を読まない日本国民の短絡的思考は国を過(あやま)つ元凶である。自国は絶対安全だし、いざ危険なときには美国が… いや世界が日本を助けてくれる、という甘く根拠のない過剰で奇妙な自信はいったいどこから来るのだろうか。

『日本はいろいろ国際貢献してきたし、きっと尊敬もされてるはずだよ。だってサッカーの国際試合観戦後にゴミ拾って帰るのは日本だけでしょ?』
日本の大衆がそう叫んでも、国際政治の力学においてそれがなんの意味があると言うのだろうか。
「やはり、異民族に本当の意味で『征服』されたことがないからだろうな… あの楽観主義(オプティミズム)に満ちた国民性が羨ましくもある…」
糖は感心しながら嘲笑する。

日本国民は正しく… そう、作戦通りに誤解…というか、解釈してくれている。
「ああ、中国は尖閣を狙っているんだな。あの辺にあるという原油やら天然ガスが目的に違いない。なんてずうずうしいんだ」
つまり、日本はいつまでもこのまま存続できるという発想から抜け出すことができないのだ。

糖金平は現実的だし、もっと客観的に飛躍というほどでもない先読みをしているだけだ。
「ああ、中国は尖閣を狙っているんだな。あの辺にあるという原油やら天然ガスが当面の目的に違いない。一時的には国際的非難にさらされ、経済制裁もあるだろうがどうせ1年か2年。世界経済もレアアースも、既に中国なしでは回らないシェアを占めているのだから今なら政治的冒険が可能だろう。美国が【世界の警察」を放棄し、ロシアがドロ沼で足掻いてくれるおかげで3年目には現状に戻るはずだから、今こそゴリ押しすべき時なのだ。日本などはシーレーンと天然資源で絞めあげ脅していけば国力もヘタる。どうせいずれは併合してしまうのだろうしな…」


読者の皆様は、このニュアンスの相違にお気付きだろう… 要するに中国も華国も、台湾のみならず日本やフィリピンやブルネイといった東および東南アジアを無力化し、植民地化して西太平洋一帯から美国の影響力自体を追い落とすことこそが今後100年の目標なのである。

そしてそれだけではない。西太平洋地域において原油の輸入を軸とする制海権を押さえる場合の要(かなめ)となるのはどこか… それはマラッカ海峡である。そのために親英国家であるシンガポール、旧蘭印であるインドネシア、そしてユーラシア大陸の南東に縁(ふち)を成すベトナムやラオス、カンボジアを制圧する必要があり、ならば100年先を見据えて布石を打っておくべきだ。ちょっとインドが邪魔だがなぁ…
ここまで来ると例の「一帯一路」政策が広域経済圏以外の別の貌(かお)を隠し持つことに気付いたのではないだろうか。
しばらく前まではオーストラリアは度が過ぎるくらいの親中国家であった。しかし近年はようやく野望と本質を見抜き、距離を置くどころか、英米から原子力潜水艦を供給されるなど敵対とも思える態度を見せるようになっている。
その点インドネシアの政治屋は国民の意思と利益に反して、日本が立てた高速鉄道計画を故意に漏洩させた上で中国と契約するなど唯々諾々… 要するに言いなりで、目先の利益とマイナイに目が眩み、太平洋地域の安定どころか自国の国益さえ考慮する意識を持っていない。

おっと、話しが逸れてしまったが、中国のトップも同様に考えているに違いない。そこに我が華国も便乗すれば良いだけだ。
「ホントは我が国主導で行きたいところだがな… さすがに中国には敵わん、そこは仕方ないか… 我が国は当面中国を全面的に支持し、おだて、褒め上げて利益を享受させていただこうかの…」 
それが糖金平のホンネである。
「そうだ、アレみたいだな、あっはっはっは、コバンザメ戦略と名付けておくか… うっ」
「うわぁはっはっはっは、コバンザメ、こばん…くくく、コバンザメザメ…」
「中国主導はちとシャーク(サメ)に触るがな… おっほっほっほ」
なんかツボにはまってしまった。

するとノックもそこそこに
「げ、元首さま、大丈夫ですか?」
「あの… どうかなされましたか?」
隣室から秘書が二人も出てきてしまった。
つい日頃の沈鬱な表情の演技を忘れ、大声で笑い、叫んでいたが、いまさら胡麻化しようもない。

「あ、いや、なに… キミらはコバンザメを知っておるかの?」
「こ、コバン、コバンザメですか?」
「ええ、サメとかカメとかに引っ付いて移動するアレですよね、元首さま」
「おお、キミは知っとるか… おお、ヤツラはどんなときに宿主(ホスト)を替えるのか、調べたことはあるかね」
「御冗談を… 元首様。私は文学部出身でコバンザメの生態までは…」

「あははは、まさか生物学的に正しい答など求めてはおらんよ、キミ。要するに利益があるときはひっ付いていくが、利益の見込みがなくなれば離れる、そういうことだろ?」
「は、おっしゃるとおりです、元首様。どのくらい分け前があるかはシビアに大事だと思います」
「で、どのくらいなら付いていく気になるかな? キミなら…」
「あ、あの何の話ですか?」
「鈍いな、分け前じゃよ。サメの利益の何%くらいかな」

「そうですね、考えたことないですからねぇ… 移動のコストはアッチ持ちですから、まあ5~10%あれば、自分ならまあ良しとします、たぶん」
「そうか… やあ心配掛けたな… もういいや、ごくろうさん」
「ではしつれ…」
「や、ちょっと待った。ついでにちょっと生態を… そのコストにあたるような文献とか研究とかな、あれば調べさせておいてもらおうかの、ざっくりで良いぞ、うん。学者になるワケじゃないからの」
「かしこまりました。では失礼します」
「はは、久々に笑ったわい、ごくろう、ごくろう」


秘書が出て行ったあと静かに呟いた。
「なるほど、移動コストな… 政治学上なら悪評かの。戦術ではなく戦略上でよくよく思案せねば…」

一転長い沈思に入る糖金平であった。

 

第5部分 太鼓持(ほうかん)


「なるほど、コバンザメ、のうぅ」
 
実は糖金平は日本が堪能(たんのう)である。かつて学生だった頃、選抜されて公費で日本に留学してきたからである。ちなみに東南アジア諸国にはこういった経歴の指導者クラスの人間は少なくない。過去を遡れば孫文、蒋介石、金大中などもそうだった。
 
台湾総統だった故・李登輝(り とうき)などは日本の台湾統治下で産まれたため
「22歳までは日本人だった」
「難しいことは日本語で考える」
と公言するほどの知日派だったし、彼の晩年には日本の某公立高校の、しかも超エリート進学校向けの講演まで快く引き受けたくらいである。もっとも期待と異なり「体調不良」によりドタキャンされてしまったそうだが… 
この話には後日談がある。3年前に当日ドタキャンされた件(くだん)の高校は再び同様な企画を立ててOKをいただいたが今回も同様に当日ドタキャンされ、仕方なく秘書の話しを聞いたそうである。一国の元総統の講演だから価値があるのであって秘書の話しなんぞ聞いても格別の感動などありえないが、それでも有料講演であり、当然のごとく払い戻しはされなかったそうだ。

体調不良が事実か否かは知る術(すべ)もないが、この辺の商売上手は日本人が見習わねばならぬところである。歴史に学べ、とか二度あることは3度あるとも言うが、3度目まであったとしたら、もうほとんど落語の世界であろう… ちなみに元総統はすでに鬼籍にあるため、もう三度目は叶わぬ夢になってしまったが… 閑話休題。

 
「まてよ… しかし… ただのコバンザメでは対等にはなれん、よな。」
大型のサメ、つまり中国にとっていつか小癪なヤツ、邪魔なヤツだと思われたら、台湾制圧の後にはその台湾の二の舞になるかも知れない。いやすでに思われているかも知れない。しかしいますぐ対等になるのはできない相談だ。
 
「いつまでも… するとやはり… あやつかのぅ、好きにはなれんが…」
糖が言うアイツとは「カリアゲのアヤツ」である。糖は基本的に国民が好きであるし、国に活気があるのは良いことだと思っている。ただしそれは彼が特権を行使して自身の蓄財をしないということを意味するワケではないが… 
だから徹底的に国民を虐(しいたげ)げ、独裁を強行し、情報を統制し、人権を無視して支配者一族だけのために国民を奉仕させるあのやり方は好きではない。

しかしせいぜい岩手県の広さしかない国土と予算で「国を統治… いや支配すること」と「国際社会で発言権を維持し続けること」を成り立たせようとしたならば、あの統治は止むを得ない… むしろ考え尽くされた高等数学の結果だという気もするのだ。今まであのやり方で国を維持してきた以上、今更人権だなんだという国際世論に肯いて締め付けを緩めれば、たちまち国はでんぐり返る。でんぐり返ればカリアゲ一族の処断は間違いない… ならば路線を変更してはならない… そう一族は考え、今後も同じ路線を取るだろう。
 
その一族の対策に当たるのが「核」と「大陸間弾道弾」と最近の「極超音速ミサイル」なのだ。最初は中国とロシアのコバンザメだったあの「人民共和国」は「現代版3種の神器」を得、加えて自国民を敢えて人権のない貧困状態にさらし、時に写真や情報をワザとリークさせることで国際社会の注目を集め、さらに違法脱法行為を繰り返したり言いがかりに近い注文をつけて無償の支援を得ようと足掻いている。
 

国際社会が人権と平等を高らかに謳いあげる一方、美国(アメリカ)が世界の警察官を自主的に勤めた世界が大戦後70余年続いてきた。
もともと連合国=反枢軸国が起源である国際連合は、悪平等な運営方針を持っている。

悪平等とは2つの矛盾を指す。1つにはどんな小さな国でも1票の議決権を持つことだ。洋上の島国でも、山地の閉ざされた公国でも1票… つまりその気になれば、ロビー活動という実態のわからない行動と費用とで投票を買うという行為が堂々と可能になっている点だ。中国がアフリカやアジアで露骨に行う投資や融資はこの一環であることも言えるだろう。そして1票あたりの拠出金、つまり金銭的価値は国によって全然違っている。アメリカや日本の拠出金額は発言権と全く釣りあっていないと言えるだろう。
糖に言わせるなら、アメリカなんぞ国連に関する限り51カ国に分かれて51票分の権利を行使してしまえば良いのだ。ただしロシアも中国も追随するのは間違いないが、もしかしてチベットなんかはもう少し中国のタガが緩むかもしれないではないか。
 
もう1つは「拒否権」である。これはもう… どこが平等なのかは皆目理解できない。明らかに大戦後の戦勝5大国… アメリカ、フランス、イギリス、ソビエト社会主義共和国連邦、中華民国だけが有利な立場にあるではないか。ちなみに過去の拒否権行使回数は、ロシア連邦・ソビエト社会主義共和国連邦が116回、アメリカ合衆国が82回、イギリスが29回、フランスが16回、中華人民共和国・中華民国が16回であり(ただし2020年8月現在)、ロシアのゴリ押しは当然としても、意外にもアメリカも多く逆に中国は少なかった、少なくとも今までは…
 
改めて眺めてみると、ソ蓮(共産党)が崩壊した後はなし崩し的にロシアが後を継いだワケで、対日戦に限っては日ソ中立条約を土壇場で破棄して僅か1週間ほど勝ち馬に乗り、サンフランシスコ条約も批准しないまま不法にもさらに数か月に渉って樺太や千島列島を強奪し、強盗(ぬすっと)猛々しく数年間に渉ってシベリア抑留を強行した「エセ戦勝国」である当事者ソ連は既に消滅している。
 
また名ばかりの戦勝国とはいえ、対日戦ではほとんど逃げまくるだけで勝ちのなかった国民党については満州国崩壊の混乱に乗じ略奪および虐殺しまくった(これは彼らには「報復」であり、いわば仕方ない国民感情とも言える)と言う意味での「勝ち」はあったので、まあそこは止むを得ないとしよう。しかし、その後国民党に取って変わった八路軍(共産党軍)に負けた覚えなどはない。ホンネで言うなら、大日本帝国は現中国には負けていないのである。正しくは当時の中国とオランダを支援した米英に負けたのである。
結局当時親中派であったアルバニアが提出した「アルバニア決議案」が議決されて中華民国(現台湾)が追い出され、中華人民共和国(共産党という名を借りた独裁体制の現中国)が後を襲っているに過ぎないではないか。
 
余談になるが、あのとき台湾は怒りのあまり抗議の意味を込めて国際連合を脱退してしまった。しかしいまにして思えば脱退すべきではなかったのではないか。当時の国際連合がつい先日まで「常任理事国」であった「台湾の除名」にまで踏み切ったかどうかは分からないが、もし脱退していなければ今の中国の強気はなかったに違いない。つまり国連に籍がある限り、「政治体制の違う別の国」であると主張する論拠は残っただろう。当時の中華人民共和国はまだ立場が脆弱であったし、台湾の味方も数多かったから、あながち夢物語とも言えないだろう。詳しい事情はわからないが、台湾はあのとき何らかの形での「拒否権」を発動してもよかったのではあるまいか。
 
そして当時「英断」かと思われたアメリカの手のひら返し的外交が現在の混沌(カオス)の根本にあることを忘れてはなるまい。もし中華民国(現台湾)と中華人民共和国(現中国)を入れ替える必要があったとしても、台湾は台湾という国またはエンティティで認め、中国は中国で国として認めていくことがあったとしても、なにも常任理事国入りまでさせる必要などなかったのだ… どうせ勝ってはいないのだから…
 
あのとき日本は日本で見事にアメリカの太鼓持ちを勤めあげ、しっかり台湾(かつての敵だからまあ仕方ないけど)を裏切っている。田中角栄とカンカンランランの「パンダ外交」を覚えているヒトは多いが、あのとき台湾を裏切ったツケは半世紀を越えた今、大きな利息を伴って支払いを求められていることまで連想する方はおそらくほとんど居ないのではあるまいか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?