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男性である私が、洋式便座に座って小便をするようになったワケ(抜粋版)

※以下の内容には、やや衝撃的な描写を含みます。過去に恋愛経験でのトラウマがあった方など、過去のつらい想いを思い出す恐れがあると思われる方につきましては、これより先をお読みいただくことをお控えください。

 

~残念ながら、人間、用を足してる時は無防備だ。精神的に弱くなっている時こそ、より、そのことを強く感じるのだろうか。便くらい落ち着いて出したいものであるが……これは、動物としてのサガなのか。~

 

 いつものように、プレジデントオンラインの記事を読み進めていたところ、読後感が半端なく苦しい記事に遭遇した。非常に心が痛んだのと同時に、私自身のつらい過去の記憶が鮮明によみがえってくる。

 このプレジデントの記事は、婚姻後の話であり、私の場合は、単なる彼氏彼女のお付き合い関係に過ぎなかった。また、内容の程度もここまで激しくはない……だろう。しかし、もし仮に、その彼女と結婚でもしていたら……もしかしたら、このようになっていたんじゃないかと想像すると、ゾッとしたのである。

 私のこの記事の冒頭に注意書きを記したのは、私自身が、このプレジデントの記事を読んでつらい想いを思い出したからなのである。

 私の場合は、所詮、お付き合いもままならないような、お付き合いというようなお付き合い期間もそんなに経過していない中、別れ話がもつれにもつれ、お互いの家族が巻き込まれただけでなく、警察沙汰になってしまい、終いには彼女が自殺未遂を図って入院することになったりと……とにかく、正式に別れるまでに相当の期間を要し、私も(彼女も)精神的な苦痛を味わったということであって、私の人生の中での最大の汚点というか、最大の事件であることには間違いない(付き合った期間:約1ヶ月程度。別れるまでに要した時間:約半年。)。

 本当は、この話は、腰を据えてちゃんと時系列に整理してから完結させるつもりで、タイトルだけ決めて、いつか書こうと思っていた中に埋もれていたのだが、私の今のこのペースでは、いつまで経っても取りかかれそうにないので、今回、記憶が呼び起こされた今、このタイミングでここに記しておくことにした。

 以下、細かいところは、事実と異なる部分もあるかもしれない……が、なるべく、事実に基づいて記録に残したかったため、今回、過去の日記も読み返しながら執筆しているところである。ただ、日記を読み進めていく中で、いろんな出来事が鮮明に思い出され、どんどんつらくなってきてしまったので……全ての日記を読み返せた訳でもないことは、ご了承いただきたい(特に、警察沙汰以降は、そもそも日記が残っていない。日記を残す気力もなかったようだ。)。

 

第1 彼女との出会いから付き合うまでの出来事

 1 彼女との馴れ初め

 出会いというか、再会になるのだろうか。とにかく、彼女と連絡を取るようになったきっかけは、とある音楽系のイベントだった。イベントといっても、私も彼女も出演者側であり、学生時代の音楽サークルの関係で、卒業生によるイベントだったのだが、そこで、偶然に一緒になったのがきっかけだ。

 なので、当初の出会いといえば……実は、中学時代になる。ひとつ年下の、やや自己主張が強く、はっきりと物を言う性格の女子だったのだが、打たれ弱くもあり……なんていうかな、表立って目立って人の中心に立つようなクラスのリーダー的存在ではないが、例えば、少人数の遊びグループなどでは、仕切りたがるような感じとでもいうか……まあ、そんな感じの女子だった。そして、高校時代の彼女は、なんだか集団に馴染めずに、次第に部活に姿を見せなくなってしまい、聞くところによると、学校も休みがちだったらしい。

 いずれにしても、彼女とは15年くらい期間が空いて、本当に久しぶりの再会だった。彼女は、当時から全然変わっていなくて、懐かしくも思った。そして、そんな姿を見ると、学生時代の彼女との微妙な接点が思い出される――。

 まずは、在学中、彼女から、別の中学校の女子を紹介される。
「先輩には、あの子がゼッタイ似合ってるって!」
 どうにかして、引き合わせようとしていたようだが……それこそ県大会か何かの場で、本当に引き合わされた。先方も、やや迷惑そうな感じで、それっきり……。

 もう一つは、私が中学を卒業する際に言われた言葉だ。
「センパーイ! 誰も先輩の第2ボタンとかもらってくれないやろうから、私がもらってやろうか?」
 当時、私は非モテだったし(現在も!)、確かに第2ボタンをあげられるような人はいなかった。とはいっても、彼女にはあげなかったと記憶している。親からいろいろ聞かれても面倒くさかっただろうし、彼女にやんわりと断ったような記憶がある。

 そもそも当時は、なぜか私自身、後輩と付き合うなんて「ダサい」というか、格好悪いとか思っていたし、彼女と私のキャラも全然違っていたし、彼女に対して、恋愛感情なんて全く抱いていなかった。

 ――話を現在に引き戻すが、久々に会った彼女は……その当時と、全くと言っていいほど変わっていなかった。もしかしたら、ナチュラルメイクというか、化粧しているような様子がうかがえなかったからこそ、当時のそのままの顔立ちだったからかもしれない。

 なので、やはり彼女に対し特別な感情は抱いていなかったのだが、彼女からの、
「先輩、久々やね。メールアドレス教えてよ。」
に始まり(当時は、LINE などがない頃)、次第に長文メールが行き来するようになったり、リハーサルのたびに彼女に送迎してもらうようになったり、彼女の友人ら(私にとっては後輩ら)との飲み会に同席したり、一緒に映画を見に行ったり……と、その2週間程度の間に、いろんなイベントが待ち受けていて、次第にそのような仲になっていった。

 そんな中、彼女自身について、垣間見えてきたのは、彼女の異様なまでのこだわりの強さ――一般には、何ともないようなことに対し、ひどく拒絶したり、急に不機嫌になったりするのである。

 具体例は出しにくいのだが、例えば、一緒に喫茶店に入り、メニューに普通にある、とある飲み物を私が頼んだところ、ただそれだけで……突然彼女が不機嫌になり、私を訝しがるような目で見ては、そこからしばらく会話が会話にならなかったのである。このことは、後日改めて確認したが、ただ単に、その飲み物が嫌いなだけなようだった……。

 非常に扱いが難しい人だなぁとは思いつつも、そういうのを一つひとつ解きほぐしていこうとする私の姿に、

> 私はそんなあなたに惹かれてます。

とメールをもらったりもした。誰しも、人に好かれて悪い気持ちはしない。

 ただ、とにかく、彼女の恋愛に対する各種課程の進度が早すぎた。少なくとも、私の歩調とは全く合っていなかった。私は、私のペースで彼女との恋愛をゆっくりと育んでいきたかったのだが……。

 そんな中、ついにその一線を超える事件が起きてしまう。

 

 ――と、ここまで書いたのはいいんだが、こんなペースで書いていたら、私の今までの感覚からいうと、投稿に至るまでに数ヶ月から半年程度かかりそうな気がしてきた(今回は、今までにもないくらい大作になりそうな予感。)。なので、やはり、その辺の詳細は、また改めて「完全版」として、時間がある時に投稿することとしたい。

 今回は、あくまでタイトル詐欺とならないように、いきなり最大の見せ場まで早送りする(項目番号は、現時点の仮の番号)――。

 

第3 私の人生の中での最大の事件

 1 ベランダに降ってきたモノ

 ドブォン!

 ベランダ側で、やや鈍く大きな爆音がしたと同時に、体感できる程度の僅かな振動と、台所の戸棚のガラスが振動したのを確認した。

(さては……ベランダに何かを投げ入れたな? 何の嫌がらせか?)
 そんなことを思いながら、ベランダに近づくと、今度は、ベランダの戸が、やや控えめにコンコン、コンコンとノックされる。
(え!? 何? なに? ナニ?)
 そして……彼女の声が聞こえる。
「ねえ、開けて。(開けないと)もう、帰れなくなったから……。」

 私の部屋のベランダに投げ入れられたのは、ものではなく、なんと彼女そのものが飛び入ったのだった。

 ……まあ、開けないと帰られないのは確かだ。だって、私が住んでいる部屋は、アパートの3階なのだから……そう、彼女は、4階に上る途中の階段の踊り場から、その塀を乗り越え、壁伝いで私の部屋のベランダめがけて飛び込んだのである。少しでも足を踏み外せばあの世行きだ。まさに彼女は、命がけで私を求めてきたのだった……。

 2 最後の彼女の家での出来事

 ――話は、その数日前に遡る。

 別れ話をするために行った彼女の家……今までも、何度も我慢がならないことはあったが、ついに、私の中で……完全に無理だと思えることが起きてしまった。もう、ゆで卵になってしまった卵は、生卵には戻れない。本当に全てが終わった。そして、今まで、私の中でずっと溜め込んでいたものが、一気にあふれ吹き出した。

 私は、とにかくその場から逃げ出したかった。荷物をまとめ終わった私が、玄関に向かって走り出した、その時である。それを察知した彼女が突進してくる。私も譲れない。
「もう、何度も言ってるだろ! だから、こういうのが無理なんだって!!」
 と、力強い言葉を投げても、どんなに睨んでも、彼女はそれ以上に睨み返してきて、私を威圧し、私の腕をちぎれそうなくらい力強く掴み、決して私を離そうとしない。

 ……どうやったらいいのか。絶望感に打ちひしがれ、今度は、力なく言う……。
「こんなに拒絶している僕に、何の魅力が……ある?」
 そう言うと、今度は、彼女が泣き崩れる……。

 ここで、また、私の甘さと弱さが出てしまう。こうなると、もう、ほってはおけないのだ。とはいえ、このようなやり取りも何度繰り返しただろうか。とにかく、彼女は、私を決して帰らせてくれない。もはや軟禁状態だ……。夕食だけは食べて帰ってほしいという彼女に、私は……とりあえず、睡眠不足を解消したく、そのままベッドに倒れ込むように寝る。

 夕食後、無言のまま帰宅準備をしているときだった。突然、彼女が叫びだす。
「ほら! 洗面所の電気がつけっぱなし!!」

 あの……それは、何回目? 初めてだろ? そりゃ、私だって、1回くらい消し忘れることくらいあるさ……。それに、繊細な私は、突然そんな大声を出されると、体がドキッと反応するのだ。それ以前に、単なる電気の消し忘れとか、そんなに大声出すようなことでもないだろ? 火の消し忘れとか、カギのかけ忘れなどではないだろ? こういうのを、また、一つひとつ説明しないといけないのか……? こういうのが、私は耐えられないのだ! というのも、何度も説明しただろ? ……というのも、何度も言っただろ? それを、アナタは以後気をつけると言ったではないか!? ……というようなやりとりも、何度繰り返しただろうか……。

 その後も、これ以上お付き合いができない話をするが、結局今までと同じ、私の気持ちなんて、これっぽっちも伝わらなかったようだ。別れることに一切承諾してくれない。それどころか、彼女は言う。
「(家族、親戚、友達とか)みんなに結婚するって言ってるんだけど……どうしたらいい?」

 そんなん知らんがな。

 結局は、自分の心配だけ……。そこには、私の気持ちや意思なんて、何もない。繰り返しになるが、私からは、今まで一度も「結婚しよう」などと言ったことはない。匂わせるようなことも言っていない。もちろん、式場選びとかもしてないし、結納とかも交わしていない。むしろ、もう少しゆっくり育んでいこうとしか言ってきていない。要は、彼女の中の願望が、彼女を勝手に暴走させていただけだ。

 私は、帰りの新幹線の中で、頭痛に襲われ、気分が悪くなり、気がついたら寝落ちしてしまっていた。

 3 彼女の家から抜け出して……

 もう、私自身、どうしたらいいか分からなくなっていた。どうやっても、別れられない。そして、それでも、彼女は「私のことを好き」だと言ってくれる。しかし、彼女の言う「好き」とは、一体何なのだろうか? もはや、私の理解を越えていた。

 そんな中、何気なく相談した後輩(女性経験が豊富)から助言を受ける。
「今はまだ、恋人の関係だからいいですよ。これがもし結婚となれば、『夫』になりますもんね。彼女も法律に守られる訳だし、簡単には別れられなくなりますよ。それだけでなく『あなたも旦那なんだから、努力して(私に合わせて)。』となりますよ。」

 ……無理だ。

 もう、こんな悠長なやり方では、一向に別れることはできない。すでに、別れたいと意思を告げて、1ヶ月以上経っている。そのうち、嘘でも「子どもができた」とか「責任取れ」とか言われそうだ……。円満に別れようと思うから、永遠に決着がつかない。こうなったら、強い意志表示をしない限り、別れることはできないだろう。

 その夜、自分のために夕食を作っているときだった。突然の深い頭痛に、体が動けなくなる。ご飯を食べようとするが、食べられない。食べないと元気が出ないのだが――そんなことを思いながら、気がついたら、また、気を失うように寝てしまっていた。

 なので、家に散乱する彼女の荷物を送り返すのは、その翌日となったのだが……そもそも、やはり、お付き合いをして、こんなに体を壊すぐらいなら、お付き合いを継続する理由もないだろう。私が睡眠不足で困っていても、オモチャのように扱われただけだったからな……。

 その日、彼女からのメールも届いていたようだが、返すこともできなかった。その翌日にも、何度か着信もあったようだが、私は出なかった。私だって、彼女のためだけに生きている訳ではないし、休みの日だって、持ち帰り仕事もあれば、音楽活動で外出したりもする。

 そして、①「あなたに対して何かしましたか?」という怒りのメール、それを放置すれば、その翌日に、②「ごめんね」という件名から始まる謝罪のメール、そしてそれも放置すると、③再度怒りのメールが届くという、今まで何度となく繰り返してきたコンボが、またもや壊れたレコードのように繰り返される。

 毎回毎回、振れ幅が大きいものが繰り返され、もう、こちらはついていけない……。

 これでは、仮に結婚したとして、急な誘いの飲みで遅くなろうものなら、もう、それで終わりだろう。いや……それで、終われればよい。

 ……終われないのだ。

 まさに、今のように! だから、今のうちに終わっておかなければならない!

 その日の夕方、今まで連絡ができなかった理由(仕事、音楽活動など)や、家に残された彼女の荷物を送ったことなどをメールで伝えた。メールにしたのは、一方的にする必要があったからだ。会って話してもダメなことが、電話で解決できる訳がない……というようなことも、もしかしたら、メールに書いたかもしれない(読み返す気にもなれない。)。

 これで、私の中では全てが終わった。

 ……しかし、これで終われるのであれば、もっと早く終わっていたはずなのだ!

 4 騒がしい夜

 それは、そんなメールを送って数時間後――日曜日の夜10時半過ぎだった。突然、玄関のドアがけたたましく叩かれる。ガン、ガンガン、ガガン、ガンガン……。
「ねえ、いるんでしょ!? 開けてよ!」
 それと同時に、まるで高橋名人を彷彿させるように連打される呼び鈴――ピンポン、ピピンポン、ピンポンピンポン、ピンピンポン、ピンポン……。ドアノブが回される音――ガチャガチャ、ガチャ、ガチャガチャ。カギがかかっているドアのドアノブを引っ張り、無理やり開けようとする音――ドーン、ドーンドーン、ドドーン、ドーン。郵便受けの開け締めを繰り返す音――カパタ、カパカパタ、カパタ、カパタ。そして、もちろん、ドア自体を何度もたたく音――ガガン、ガンガン、ガン、ガンガン……これらが複合的に繰り返される。

 彼女の激しい姿は何度か見てきているが、今までは、お互いの家の中での話。今回は、いよいよ家の外――公共の場での話なのだ。さすがに、これには引いた……。私は、念のため、部屋の全ての電気も消し、窓もベランダも全て締めて、居留守にする……寝ていることにした。
(早く、嵐よ、去っていってくれ……。)

 しかし、そんな想いは届かなかった。彼女が叫ぶ。
「ねえ、渡したいものがあるの! お願いだから開けて!」
(……渡したいもの? いやいやいやいやいや、開けたら最後だ。今まで、そんな過ちを何度となく繰り返してきたではないか。)
 そう思っていた。相変わらず、玄関側からは、様々な音が同時多発的に繰り広げられている。

 ……。

 ……かと思ったら、突然、静かになった。

(なんだろう。帰ったか?)

 しばらくの間、そんな静けさの余韻に浸っているときだった……。突然、ベランダ側から、まるで雷のような大きな爆音がしたのだ! そして、前述したように、それは彼女自身のベランダへの落下音だった……。

 以下、その場面からの続きである――。

(普通ここまでするか……?)
 彼女は普通じゃないが、さすがに、ここまでのことをするとは、私の想定を遥かに越えていた。私は、隣の居間に逃げ込み、冷静になって考える。

(開けるしかない。それは間違いない。ただ、開けたら最後だ。今までのように、別れ話もロクにできず、論破されるというか、その場しのぎをされるというか、巧妙に反省の姿を見せられるだけというか、いずれにしても、ねじ伏せられるのみ。私が、彼女を受け入れるまでは、その話は永遠と続くだろう――それは、仮に朝になっても。仕事が始まる時間になっても、そのまま夕方になっても、私が受け入れるまでは――。もう、お互いの人生をかけた我慢大会だ。こんな消耗戦をやるだけの元気は……今の私には残っていない。)

(でも……もし、開けなければ……彼女は、ここから飛び降りるしか脱出方法は……ない。さすがに、それもカンベンだ……。)

 積んだ。もう、私の手には負えない。お手上げだ。

 警察に電話した。

 5 怖いものなしの彼女

 10分程度経っただろうか……パトカーの音もなく警察官が来てくれた。中年男性と体格のいい年配のベテラン風の男性の2人組だ。立派な制服姿に、非常に頼もしく、安心できる。私からざっと説明した後、警察官のうち一人が懐中電灯をつけ、3人で隣の暗い部屋――ベランダ側の部屋へ向かう。

 ベランダからは、物音一つ聞こえなかった。もしかして、すでにここから飛び降りたりしていないよね? などと不安に思っていたが、警察官がベランダの戸を開けると、まるで幽霊のような暗い表情をした彼女が、のっそりと――本当に幽霊のように――部屋に入ってくる。

 そして、警察官を見た彼女は……。

 ……泣きっ面に蜂というか、これで彼女も観念するかというか、私は、彼女に対し「これが私からの答えだ!」という、警察官を呼ぶくらい、本気でアナタとは別れたいという、最後の渾身の一撃を放った……つもりだった。

 しかし、彼女は、警察官を見ても、驚いた表情を見せるどころか、かったるそうな表情のまま、全く表情を変えることなく、自身の長い髪の毛を振り払いながら、私に向かって――この場にいる誰よりも早く発言する。
「もう。どうしてこういうことするの?」

……ていうか、それは、こっちのセリフだろ!

 ちょっと頭の回転が速く、すぐに機転の利く彼女は、今の状況を即座に察知し、この状況でどういう行動を取るのが自分にとってベストかを瞬時に判断し、事が大きくならないよう「単なる些細な喧嘩に過ぎないよ?」というような方向にでももっていきたかったのだろうか……。少なくとも、私には、そう思えて仕方がなかった。

 彼女も私も、お互い別々の部屋で、事情聴取を受ける。私は、全て包み隠さず話した。いつからのお付き合いか、どういった関係の人なのか、そういうのを聞かれながら、警察官は――大きな事件性はないと思ったのだろうか――次のように言う。
「……ということで、本来は、彼女さんは不法住居侵入罪となるが……そうなったら、あなたも困るでしょうから……今回は、彼女さんという……家族というか、身内というか、あなたに近い親族が家に入って来たというのと変わらないので……そのように、処理をしますね。」

 正直、
(不法住居侵入罪で処理して……くれないんですか?)
と思ったが、小心者の私は、そんなガタイのいい警察官を前に、怖くて何も物を申すことができなかった……。

 それぞれ事情聴取が終わった後、4人がご対面となる。その直後、なぜか、急に彼女がこの場を仕切りだす。
「はい。じゃあ、これで警察の方は帰ってください。私たちは話がありますから。」

 どこまで、身勝手なのか……。常に私の想像を越え続けていく……。

 警察官も笑って応える。
「いやいや。そういう訳にはいかないよ(笑)。こんな状況で。今日はもう何も話せないよ。日を改めて。」

 彼女も引かない。
「じゃあ、5分だけ時間をください。」

 いつもこうやって強引なのだ……。

 私も口を開く。
「……いつも、その5分が数時間になるやろ? 時間も守れんやろ? 約束も守れんやろ? そういうのが無理って。帰って。」
 警察官も続ける。
「そう。彼氏さんもそう言っているし。それに5分と言っても、その間に何か事件が起こったらどうする? 我々もこれ以上、交番を空けておく訳にはいかない。それに、このまま居座ったら、本当に不退去罪になるよ。」

 しかし、警察官の声は、彼女には一切届いていなかった。彼女の表情は、まるで、魂の抜けたロボットのようであり、突然私の手をつかんできては言う。
「ねえ。どうして、私の話を聞いてくれないの?」

 ……今まで何度も何度も……何度も何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、話を聞いてきたではないか!!

 人の話を聞いてこなかったのは、そっちだろうがっ!!

 ……でも。彼女がこうなってしまったのは、今まで私が、彼女のわがままを受け入れ続けてきたことによるのだろう……。やはり、私が悪かった……のか。

 私は、独り言のように……そして、警察官にも伝わるように言う。
「こうやって、警察官の方々にも迷惑かけているやろ? こうやって、一切、周りの状況が見えてないやろ?」
 そして、改めて彼女に向かって言う。
「これ以上、何も聞くこともない。話すこともない!」

 その直後、何がなんだか分からないが、突然、イライラがマグマのように吹き出してくる。そして……ついに私は、大声で叫んでしまった。

「カエレーーーーー!!!」

 私は、今までこんな大声を出したことはなかった。私の人生の中での最大限の拒絶だ。警察官がバックに控えているから、私も安心できたのかもしれない。ただ、あまりにも鬼の形相だったのか、あまりにも大声だったのか……私は、軽く酸欠状態で、めまいがする中、警察官から注意を受ける。
「ほら! アナタもそんなに大きい声出すと、近所迷惑になるよ!」
 警察としては、これ以上、ことを荒立てなくなかったのだろう。

 しかし、彼女には、私の叫びも一切届いていなかった。相変わらず無表情のまま、まるで幼稚園児に話しかけるかのように言う。
「ねえ。どうして、私の話を聞いてくれないの?」

 ……コイツはホントに異常だ。

 警察官が入ってくれる。
「……メールでも電話でもいいやろ?」
 それは、彼女がロボットから人間に戻った瞬間だった。彼女が反応する。
「この人、私からの電話に出ないんですよ。」
 そして、そのまま私に向かって言う。
「じゃあ、私の電話に出て。」
 以下は、私の反応と、その後のやり取りだ。
「……分かった。出る。ただ、今日はもう出れんよ?」
「いつ出る?」
「明日。」
「明日のいつ?」
「仕事が終わって。」

 ……このようなやり取りの後、警察官から、改めてその約束の確認が入る。
「じゃあ、確認するけど。明日、彼氏さんの仕事が終わる時間帯に、彼女さんから彼氏さんに電話をし、その際には、彼氏さんも電話に出る。それでいいね?」

 その流れにのって、彼女が言う。
「絶対電話に出てね。」
「……仕事が終わったらね。」
 その約束をもって、彼女は、警察官に背中を押され、ようやく部屋をあとにする。

 みなを玄関まで見送る私に、年配の警察官が突然振り返り、ラフな感じで、私にだけ聞こえるような小声で言う。
「電話……電源切っとけ(笑)。」

 この瞬間、やはり私は間違っていなかったんだということが確信でき、本当に安心した……。

 6 何も変わらなかった彼女

 翌朝、いつもより少し早く目が覚める。携帯を見ると、彼女からメールが届いていた。

> 謝りたいだけなのに。着信拒否?

 ……意味が分からない。電話の約束は、仕事が終わる時間帯ではなかったのか? また、約束を守らない、守れない。これなんだよ、これ!

 昨晩、彼女が帰った後も、彼女のことを信用できなかった私は、仮に電話がかかってきた場合に、睡眠妨害されても嫌だったので、寝る前に着信拒否の設定をしておいたのである。彼女が着信拒否に気づいたということは、私に電話してきたということである。理由はどうであれ、また、約束を破ったことには間違いない。

 しかも、これは決して「謝りたいだけ」ではない。もし、ここで電話に出ていたら、言い訳に始まり、
「これから、私はどうしたらいいの?」
などと、今までの数々の喧嘩のとおり、私が、引き続きお付き合いの状態を継続することを承諾するまでは、彼女は絶対に電話を切ってくれない。そして、仮に、私から電話を切っても、即座にかかってくるだけで……結局、どちらかの電話の電池が切れるか、私が寝落ちするか……また、終わりのない不毛な戦いが繰り広げられるだけだ。

 だから、もう、あなたとは関わりたくないのだ!

 警察官からは、電話の電源を切っておくよう言われたが、本当は、私は、約束どおり仕事が終わったら電話に出るつもりだった。約束を守らないのは、私の信義に大いに反するからだ。

 しかし……結局また、彼女は約束を守れなかった。このように約束を守れない人に対して、私も約束を守る必要はあるのだろうか。そもそも、自身の身勝手な都合で法を犯し、反省の態度すら表せない人を許容できるほど、残念ながら、私は人間できていない。

 迷いに迷ったが……私は、夕方になっても、この着信拒否設定を解除しなかった。

 7 彼女から怯える日々

 結局、彼女にとって、約束とはあってないようなものなのだ。そう考えていた時、ふっと危険な想いがよぎる。

(また、彼女が襲撃してきたりしないだろうか?)
 私が、電話もメールも拒絶している今、残された手段は、先日のように我が家に襲撃するしかないだろう。彼女は、警察官を前に「もう二度と私の家に近づかない」という誓約もさせられていたようだが、そんなのが守られるとは到底思えない。彼女にとっては、(私とは違って、)警察官なんて怖くも何ともなかったのだ。

 さすがに、昨日の今日はないだろうが……じゃあ、明日は大丈夫か? 明後日に来るのではないか? などと、私は、毎晩、夜が恐怖になった。仕事からの帰りは、電車の人混みにまみれ、駅から降りる際も、あたりを確認し逃げるように家に向かう日々が続く。

 平日は、彼女も仕事があるだろうが、土日となれば、より危険度が増す。今度の土日は、実家に逃げ込むしかない。

 何気ない感じで、さらっと、次の土日に実家に帰るよう、母に電話したときだった。理由なく実家に帰ろうとする私に、母も何かがつながったのか……母が次のように言う。

「それ……ね。アンタに言おうか迷ってたんだけどね。実は、こないだ、アンタの彼女という人が突然押しかけて来たんよ。お母様にお話したいことがあります、って。話を聞くと、アンタの文句ばかりで……何を言いたいのかよく分からなくてね。だから、私も『あなたも息子に不満があって、息子もあなたに不満がある訳なんだから、それは、息子の言うとおり、もうこれ以上は、お付き合いしない方が、お互いにとっていいことじゃないんですか?』と言ったんだけどね……。それで、よかったんかね?」

 さすが母親だ……だが、実家まで襲撃された今、もはや実家も落ち着ける場所ではなくなった。それに、母親も巻き込まれた以上、母からいろいろ聞かれても、面倒くさいし恥ずかしい(私も、中学時代から成長していないな(笑)。)。

 他に私が落ち着いて過ごせる場所はないのだろうか……? このままでは、会社まで襲撃してきたりしないだろうか……? それから私は、ずっと不安な毎日を過ごすこととなった。

 8 トイレの電気を消して用を足すということ

 家にいないことにすればいい――もう、それしかなかった。我が家と屋外がつながっている箇所は、例の事件が発生したベランダ、居間にある南側の窓……そして、北側の玄関の隣のトイレの窓の3つだった。

 幸い、南側は隣のマンションとの距離が近く、電気がついているかどうかは、マンションに立ち入らない限り分からないようだ。彼女のことだから、マンションに立ち入ることも考えられるが、そこまで見境がなくなっていれば、より確実に、また、ベランダにダイブする方を選ぶのではないだろうか。なので、居間の電気はつけていても問題なさそうだった。

 ベランダ側の部屋は、外から明かりの確認ができるため、電気はつけられないが、もともと寝室としての使い方で、基本、電気はつけないことから大勢に影響ない。

 残りは……トイレの電気だ。これをつければ、敵に「のろし」を上げているようなものだ。その途端、また、ドアを激しく叩かれたりすれば、私もおかしくなりそうだ。

 なので、もう、トイレの電気はつけられないことが決まった。

 では、電気をつけないで、どうやって用を足せばいいのか……。私は今まで、小さい方の用を足すときは、立って、その――泌尿器の一部とでもいうべきか――とにかくソレを手に持ち、便器に向かって狙いを定めていたのだが、暗かったら狙いを定めることは非常に困難……というか、あたりに撒き散らすだけだろう。

 ……ここまで書いたら、もはや詳細を書くのがバカらしくもなってくるが、これこそが、まさに、今回のタイトルの理由なのだ……。

 そう。私はこの事件以降、真っ暗なトイレで便座に座って小便をするようになったのである。

 昼間は電気をつけなくても明るいため、座って用を足す必要はないのだが、平日昼間は仕事で外出しているし、基本的に家のトイレは夜しか使わない。習慣とは恐ろしいもので、休日の昼間にトイレに行ったときも、気がつけば、座って用を足すのが当たり前となっていた。

 最初は、一週間も経てば、もう彼女も来ることもないだろうし、早く今までどおり立ってサッと用を足したいとも思っていた。しかし、一週間経っても、私の不安が解消されることはなく、その後、正式に彼女とお別れができた後も、その家から引っ越しした後も――引っ越し先のトイレは、屋外とつながる窓がなかったにも関わらず――結局、ずるずると、気がつけば、現在に至るまで実に10年以上! 私は、真っ暗の中、座って用を足すスタイルを貫き通している。

 ここまで続いた理由は、やはり、彼女を全く信用できなかったというのもあるが――実は、暗い中に静かに座って、目を閉じて用を足していると、なんだか落ち着いた気分になれ、とても安心できることが分かってきたのもある。また、基本的にハンズフリーであり、手も汚さず清潔で、思ったよりも快適だった。そして、今までのように、尿が飛ぶ方向などを気にする必要がなく、単に目を閉じて、全身の力を抜いて、下半身の筋肉を脱力した結果、任意のタイミングで小便が出てしまっても、便器からはみ出ることなく用を足すことができる。この「自然に任せても、大勢に影響ない」という感覚が、私に絶大な安心を与えてくれた。もしかしたら、遠い昔にオムツを履いていたときは、このような感覚だったのだろうか……というか、とにかく、トイレが汚れることを気にする必要なく無心で、ただ座るだけで全自動のように完結してしまうのが心地よかっただけなのかもしれない。

 他の理由としては……小さい方で、わざわざ座って用を足すというのは、なんだか女性になれたような気分にもなれる(気分転換)。あと、電気をつけない理由は、小さい頃から家が貧乏で、祖母からもいつも、こまめに電気を消すよう言われていたし、そんな貧乏性が体から抜けていないのかもしれない。

 あとは――まあ、これは後付け理由だろうが――なんだかんだ言って、私だけでなく、彼女も不幸になった訳だし、中途半端な気持ちの頃にも関わらず、彼女に告白したのは私だし(雰囲気に押し流された感はあるが)、それに、別れ方についても、もっといい方法がなかったのか……とか、そんな責任もあるというか、彼女への罪滅ぼしというか、自分自身への戒めの意味も込めてというか、何らかのタイミングで、この出来事を振り返るきっかけになればいいかと思っているのもある。

 そう……結局は、私の中で、まるで亡霊のように……未だ彼女が生き続けているのだ。

 

 ――と、さて。ここまで読んでいただいて、いかがだっただろうか……。

 そもそも、どうしてこんな女と付き合ったのかとか、付き合っている期間の彼女はどうだったのかとか、この後どうやって別れることができたのか――については、今後、執筆されるであろう「完全版」を期待していただきたい。

 今年度内に書き終わらないのであれば、完成が絶望的にはなるが(来年度から仕事に復職予定)、ただまあ……長く引っ張りたい話題でもないので、なるべく早めに投稿したい……という気持ちは強い。

 この出来事は、今まで、私と関わってきた人に何度か話したことがあるが、みな、
「それ、本にできそうですね。」
と言ってくれる。いつかそんな機会もあればとは思っていたが、この note に残せるのであれば、私としては、もうほとんど本にしたような気分だ。紙媒体であれ、Web であれ、いろんな人に届くのであれば、それでよい。

 ただ、いろんな人に届いたかどうかを知る方法として、この記事を読まれて、少しでも何か感じるものがあった方におかれては、ぜひ「スキ」をしていただきたいと願っている。それは、私にとって本当に励みになるし、完全版執筆への原動力となることに間違いないからだ。

 いずれにしても、冒頭に紹介したプレジデントの記事は、そんな私の過去を思い出させるには十分すぎた。こんな衝撃的な気持ちが冷めやらないうちに、早めに完全版の執筆を進めてまいりたい。

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