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なんもしてないさ

大人って、もっと大人だと思っていた。

大人は何でも知っていて、いつも正しい判断をして。

小学生、中学生と進むように、大人になれば、自動的に何者かになれると思っていた。

「八百屋さん」、「郵便屋さん」、「レジ打ちの人」、「お医者さん」、「運転手さん」。

(そういえば、朝井リョウさんの『何者』って本。映画化もされてたけど、良かったなぁ。「良かった」って感じではないけど、読んで良かった本。また話が逸れた…。)

自分はどんな「大人」になるのか、わくわくして。

でも、学校の将来の夢を発表する時に、「サッカー選手になりたいです」なんて言えるほど、夢は見れなくて。

親から「将来の夢は」って聞かれても、そんなん分かるわけないじゃん、って、苛々して。はぐらかして。何と答えるのが正解だったのか、今でも分からない。

***

歳だけは重ね、私は成人を迎えた。社会人になった。

疲れた。

私は大人になったけど、何者にもなれなかった。大したこともしていない。名声を轟かしてもいないし、社会の役に立っているわけでもない。なんもしていない。ただ、疲れた。

あー、でも、最近はスーパーやコンビニエンスストアでセルフレジが増えたから、レジにピッってする機会は増えたな。あのピッてするの、楽しくて好きだ。

Uber Eatsの配達員も、誰かに何かを届ける、という意味では、郵便屋さんみたいなものか。たまに道端で子供に「Uber Eatsだ!」って言われるし。

***

大人は思っていたよりも、人間だった。
大人は思っていたよりも、子供の延長線上にあった。
大人は思っていたよりも、身近だった。

子供の頃に描いた大層なことは、何一つしていないけれど、子供の頃と同じように、不安を抱えながら、今日も何かをしているよ。

このnoteは、ヨルシカ「だから僕は音楽を辞めた」の歌詞に着想を得て、執筆しました。


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