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札幌20200809

唐突に札幌に帰ることにした。3連休何も予定がないけど予定を立てる元気もなかったところを、初日に寝まくった結果元気が出て、思い立って航空券を調べたら意外と安かったのでこういうことになった。
快速エアポートからの景色が懐かしい。木の名前はわからないけど確かに北海道の木だ、久しぶりに見る種類に思われた。

まず学生時代から双方とも知り合いのA夫妻に会う。春に子供が生まれて、子供と初対面だ。車に乗せてもらって、子連れに配慮のあるカフェに行ってお昼を食べた。みんな元気なようでよかった。妻の方が立派に子育てしつつもう職場復帰して頑張っているのは学生時代から当然予想されることだったが、夫のA氏も立派に医者をやってパパをやっているのは敬意を示すと共に驚きを隠せない。あんなに試験の時死にそうになっていたくせに、私より全然医者向いて無さそうだったのに、何で??純粋に「何でうまくやれているのか」の自己分析やアドバイスを聞いてみたかったけど、無難に子供の話とかして終わってしまった。子育て中の大変そうだが幸せ!という絵に描いたようなオーラで包まれている彼らに、そんな話題をふるのも無粋な気がしたのだ。私は仕事に疲れて今回帰ってきたのだから、そういうことを積極的に聞くべきではあった、もっと話したいことをはっきりさせておけばよかった。ライフステージが変わった友人と距離ができてしまうのは、取り残された側の無駄な引け目と気遣いのせいもあるのかもしれない。

車で送ってもらって次の目的地に移動し、学生時代の先輩かつ現在の専攻科の先輩でもある人と合流した。ハリネズミ珈琲店でお茶した。店内に様々なハリネズミモチーフの小物があり可愛らしい。仕事内容が近いので、この先輩と会うとつい仕事の話ばかりしてしまう。先輩も悩みつつ元気そうでよかった。何も具体的な話ではないが、結婚とか考えてる?みたいな話を振られてびっくりした、みんなスピードは違いつつ着実に人生は進んでいくみたいだ。

この後に控える幼馴染のSと会うまでの時間にチェックインして狸祭りをやっているあたりをブラブラしたが、知っているけど知らない街のようによそよそしく感じられて悲しくなってしまった。でも思い返してみれば別に札幌に住んでいた時だって、「今日入る店がない」と感じる日はたくさんあった。行きつけの店はいくつかあったけれど、どれも「今日じゃない」という気持ちになることがあって、誰かと話したいけど面倒な思いはしたくなく、どうしようもない気持ちで街を彷徨うこともあった。そんな私が久しぶりに帰ってきて「入る店がない」のは当たり前のことだった。それに、「行きつけ」は通うことでできていくものであって、急にできる都合の良いものではない。人間関係と同じようにメンテナンスが必要だ。久しぶりに訪れて、以前と同じものを求めるのが間違っている。
そんなことを考えながらビアセラーサッポロに立ち寄ったら、店主のファルコンさん(メガネのアラサーお兄さん)に「お帰りなさい、帰省ですか」と言われて、あ〜〜〜もう、大好き… となってしまった。好き、1年ぶりくらいなのにありがとう、また帰ったら絶対行きますとこっそり誓う。
角打ちスタイルの開放的な店内はまだ明るい時間だというのに客で賑わっている。この店は早い時間から空いていて、ビールを買うのもよし飲むのもよしパソコンを広げてもよしと使い勝手が良く、学生時代大変お世話になった店だ。ビールは相変わらず美味しい…はずなのだが、つまみなしなのが悪いのか度数高めだったせいなのか気分の問題か、あの「うわ〜このビール美味しい!」という感動はかけらも姿を現さず、やっぱり自分疲れてんだなと思った。店にいた他の客は、どうも札幌クラフトビール界隈の関係者らしかった。ほんのりと疎外感を感じつつ、ハーフパイントをゆっくり飲み終えて、給水器の水を小さい紙コップに注いで、あまり本調子でないので念のため3杯飲んで、店を後にした。

地下鉄に乗って西18丁目に降りて、階段を上がって辺りを見回すと、ちょうどSがコンビニからでてくるところだった。あいかわらずの長いストレートヘアで丸い可愛い顔立ちをしている。ここからぶらぶら歩いて私の思い出の店を紹介しつつ、狸小路のあたりの店で飲もうという計画だ。
懐かしの母校の前を通り過ぎ、少し変わったり変わっていなかったりする街並みを歩きながら近況を聞く。Sも同業界の人間なので自然と職場の話になる。コロナがあっても無くても大変だよね私たち。市電通り沿いを東に向かって歩く。串夢鳥や木の実が入っているビルの手前を歩く。木の実はいかにも”中年サラリーマンが通いそう”な薄暗くて寂れた雰囲気の居酒屋なのだが、私はここの餃子が好きだった。変哲も無い餃子なのだが、皮と具の塩梅が良いのか、私が一口食べるなり「おいしい!」と声を上げてしまった餃子だ。ちょい飲みセットはビール2杯と餃子と小鉢で千円、破格の値段設定で普段なら喜ぶところだが、今回は「(この先に行きたい店はたくさんあるのに)ここで2杯飲んで大丈夫か?」という懸念でためらわれる。でもせっかくだし!と思って入店しようとしたら、どうも今日は休店日のようだった。
市電通り沿いは楽しい。懐かしの店がたくさんある。おしゃれかつ本格派カフェのアトリエモリヒコは言わずと知れた存在だ。先のビアセラーもこの辺りだし、お酒とともに食事をしっかり食べたいなら大衆中華の一条まふるじ、丁寧な味のする和食のてまひまなんて最高だ(この二つはランチもおすすめ)。
このあたりから少し南に、狸小路のはずれの通りを歩く。狸小路の西側は小さな飲食店がひしめいて札幌の中でもサイコーのエリアだ。創作中華のチムウォックに行こうとしたが、ここも連休のうち今日だけが休みのようだった、残念。いぶしかもし酒場Choiがちょうど目に留まり、Sも以前から気になっていたらしく乗り気だったので、入店し二人でchoi飲みセットを頼む。”燻し”・”醸し”のうち一方のおつまみを選んでオーダーできるようになっており、二人なのでどちらも食べることができた。要は燻製3種と漬物3種ということだ。飲み物も特徴的で、燻製の香りがついたハイボールやカクテルだとか、果物のシロップ漬けで少し発酵させた(?)サワーだとかがある。燻製の香りがする飲み物というのは不思議な感じがして面白い。
お酒を飲みながらそれぞれの仕事の話をしたり、互いの恋人とどうなったかだとか、いやそもそも人生にパートナーや子供は要るのだろうか、という話になった。Sが「子供は欲しい気もするけどこれから生まれてくる子供が生きる世界があんまり希望のあるようには思えなくて」と言うので少し驚いた。このような邪気のない比較的安定した収入の若年女性にさえこんなふうに思わせてしまうなんて、マジで社会が終わっている。その辺りでセットの2杯のドリンクを飲み干したので、店を出た。

日中にぶらぶら歩いていて気になった店があり、その店の名を口にするとSは前に行ったことがあり「美味しかったよ、また行きたい」とのことだった。狸小路7丁目の異国こと(?)シンガポール料理のコピティアムが去年閉店してしまい、そのの店舗跡地に入った羊と中華 ヤンボウという店である。コピティアムがオレンジの怪しい灯で完全に東南アジアの異国感を撒き散らし異空間トリップしていたのに対し、ヤンボウは中国〜モンゴル系の異国情緒を漂わせつつもオシャレな感じがしている。店は混んでいたがちょうど1席空いていて入店できた。メニューを見ると前菜と炭水化物以外はひたすら羊肉の料理で、どれも気になって目移りしてしまう。飲み物のメニューも変わっていて、普通のビールやレモンサワーなどもあるが、店オリジナルらしき瓶の謎の飲み物があり、スパイスやハーブの種類が異なるもの5つくらいが書かれていた。他にもノンアルの似たような飲み物やカクテルもあるようだ。とりあえず、さっぱりしていそうな謎の瓶のアルコールを頼んだ。
結論から言うとサイコーの体験だった。まず頼んだ瓶のアルコールが、一口飲むなり口の中にクミンか何かスパイスの香りが広がり、飲み込んだ後の喉に山椒のヒリつきが残る。これは食事のための酒だと直感し、肉持ってこーい!という気持ちになる。美味しいビールも日本酒も焼酎も、平均的日本人よりは飲んできたはずだが、こんな酒は生まれて初めてだった、今まで飲んだどんな酒とも似つかない、全くの新体験だった。食事もどれも素晴らしく、料理が一品ずつ完成されていた。意外な食べ物の組み合わせなのに全体としてとても調和していたり、とにかくどれを食べても美味しい。全種類制覇したかったが多分あと3回は来ないといけないだろう。
とにかく酒と料理が、新鮮な驚きと感動をもたらしたために私たちはもう「なにこれ」「美味しい」「すごい」「この組み合わせいい」「やばい」くらいのことしか言えなくなって人生の悩みだとかこれからどう生きていくべきかなんて吹き飛んでしまった。あんなに深刻そうな顔して「人生の意味とは」とか言っていた私はなんだったんだ?30年近く生きてきて何万回と食事をし何千回と酒を飲んできて、ある1日に今までのどんな体験とも似つかない飲食が体験に出会えるのなら、もはやそれはそれ自体生きる意味ではないか?という気持ちにすらなっていた。こう書くとアレだな、あの酒はスパイスに紛れてやばいハーブ入ってんじゃないか…?とにかくもう、私たちの関心はその酒と食事に注がれ、人生の意味がここにある!くらいの興奮と感動があった。
最後にもう一杯、先ほどの酒の隣のメニューに書かれた、カルダモンの香りがするらしい酒を二人で頼んだ。先ほどの酒もこの酒も、コカ・コーラほどの瓶に入った炭酸の透明な酒で、氷の入ったグラスに注いで飲む。この酒もまた、「ヤバい」としか言いようがなかった。カルダモンの香りとかではなくもうカルダモンのエキスそのものを飲んでいるような、一口ごとに甘く爽やかな香りが脳髄を突き抜けて、さっきも飲んだのに、次の一口飲むごとに「なにこれ」と言わずにはいられなかった。

そんな感じのわけのわからない興奮の中でSとは別れ、せっかくの札幌だしもう一軒行きたいような気持ちがありつつも、このサイコーの体験をこのまま大事にして今日を終えたいという気持ちが勝って、安宿に戻ってシャワーを浴びて寝た。
人生に疲れたらみんな札幌行けばいいと思う、私もそうします。

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