「A little dough」 第１章　自分をどこまで信用する？　🅂7

▽私たちが意思決定をしようとするときには、なんらかの情報が必要になります。与えられた課題に対して100％マッチしそうな情報もあれば、ヒューリスティクスで使うステレオタイプの様に、個別の事象については半信半疑くらいに考えるべき情報もあります。どんな情報であれ、なければ「あてずっぽう」すらできないのですから、とにかく脳は情報を欲しがるということになります。そしてシステム１はせっかちでスピードが命ですから、採用する情報は今見ているものや比較的新しい記憶、あるいはインパクトが強いもの、ということになりがちです。例えば日常的な家族の会話で「今日の夕ご飯何にする？」と聞かれたら、まず頭によぎるのは昨日食べたカレーだったりします。思わず「カレー」といってしまって「またぁ⁉」といわれた経験、私は何度かあります。

▽こうしたせっかちなシステム１の性格を踏まえると、カーネマンが例示する「利用可能性ヒューリスティクス」の事例もよく理解できます。例えばハリウッドスターや政治家の浮気スキャンダルはしょっちゅう報道されているので、彼らはいつ離婚しても不思議ではないと思われがちです。また飛行機事故の報道も大々的に繰り返されるので、事故の直後は特に飛行機事故の安全性を過小評価したりします。しかしこれらは、統計的に正しい情報とは限らないのです。

▽カーネマンは「利用可能性ヒューリスティクス」について、以下の様に述べています。

▽つまり多少なりとも関連性のある情報であれば、あとは「想起性が高い」ものから、脳は使い始めるということになります。想起性が高いといっても単に思い出しやすいというだけのことですから、「うそでしょ⁉」といいたくなります。必要な情報に対してニュートラルな状態であれば、代表性は想起性が高くそのカテゴリーの中央値的な「ステレオタイプ」が利用されました。しかし、この「利用可能性ヒューリスティクス」は、脳が「スピードと効率性」というどこぞの会社の社是のような２点に集中した結果、「品質」は完全に無視されたと考えられます。

▽カーネマンは「利用可能性ヒューリスティクス」に関する理解を大きく進歩させた要因としてノーバート・シュワルツ率いるドイツの心理学者グループの事例をを挙げています。彼らは、「思い出した例の数」または「それらの例の思い出しやすさ（＝想起性）」、の二つのルートを介して私たちの判断が強化されると予想し、複数のグループに以下の質問をしました。
【設問】まず、あなたが何かを強く主張した例を６個書き出したください（但し別のグループには１２個で依頼する）。次に自分がどの程度自己主張が強いか、自己評価してください。
【結果】６個の事例を書き出したグループは、１２個の事例を書き出したグループより自己主張の度合いが強いと自己評価した。

▽６個の事例を挙げる行為は比較的容易で、結果的に自身の自己主張の強さを支持する効果があったようです。しかし１２個の事例を挙げる行為は想定以上に困難で時間がかかったため、被験者は「思いだしにくい」と感じ、その原因を「そもそもそんなに何度も自己主張していない」と考え、これが評価に影響した、ということになります。シュワルツ等は、更に別のグループに「自己主張をしなかった例を１２個挙げてください」という質問を行った結果、このグループは自己主張がとても強いという自己評価をしたといいます。質問内容を逆にすると、結果も逆になるということですから、これらを決定づけている要因はやはり「想起性」にあるようです。

▽シュワルツ等の発見をベースにした様々な実験の事例もいくつか紹介されています。
・自転車の利用について具体例をたくさん思い出してもらうと、利用頻度を過小評価する。・選択の根拠を多く挙げさせると、選択に自信が持てなくなる。・事故の回避方法を多く挙げさせると、事故は回避できたはずだと思えなくなる。・ある車の魅力を多く挙げさせると、その車にさほど魅力を感じなくなる。・大学講座の改善点を多く挙げるよう指示したクラスほど、講座に高い評価をつける。

▽こうした事例を眺めてみると「簡単に思い出せない」ことが「実はそれほど～でもない（例えば、それほど自己主張は強くない）」と考え直す効果を生んでいることに気づきます。カーネマンはこれを「本人の想定を超える〝意外感"に基づいている」と述べています。「多くの事例を挙げることは結構難しいだろう」と思いながら作業を続けたところ、予想以上の難しさを感じた時に一旦思考が止まり「待てよ、そもそもそんなに自己主張していないのかも...」と感じる、こうした意外感はそれまでの流れを変えてしまうトリガーのような効果があるようです。

▽想定通り進んでいた場合は、当たり前ですが意外感は浮かびません。例えば事前に「多くの事例を挙げることは、想像以上に困難です」と伝えておけば、この意外感は生じず６個の事例を書き出したグループとほぼ同じ結果になった（利用可能性ヒューリスティクスも起きなかった）と予想されます。

▽さて「性格評価」のつもりが「想起性の高低」しか答えていなかった、といわれるといささかショックな話ですが、シュワルツの事例のように途中で「意外感」という想定外の代物が絡んでくると、ほぼお手上げ状態という感じもします。事前に想定外を想定するのは困難極まりない、と私は思います。しかし私たちの直感を動かしているシステム１が、スピードと効率を重視するために、情報の品質を置き去りにするということは、不本意ながら事実のようです。とりあえず、システム１は「ステレオタイプ」だけでなく、「想起性」にも絶大の信頼をおいているらしい、ということはしっかり記憶しておきましょう。