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「#12 もうインターフォン鳴るのが怖い時間」


 
 昼間と夜ではガラッと印象が変わることがある。例えば昼間どんなに楽しく過ごした学校であってもそうだ。どの運動部よりも遅くまで残っていたサッカー部の練習終わりに見上げる校舎は、昼間よりもずっしりと重くそびえ立ち、あれだけ昼間に走り回っていた廊下も、先の見えない闇の中をどこまでも続いているように感じる。「忘れ物はぁ・・まぁ明日でいっか・・・」と洗濯するはずの体操着を諦めて、そそくさと帰宅することになってしまう。
 大人になっても誰もがそうではないだろうか、仕事が遅くなったりバイトの閉店作業を任されたり、薄暗いオフィスや店内に残ってるのがもう自分一人だなぁと思った途端に、何だがソワソワして集中できず、やることを適当に済ませて帰宅した経験があると思う。そんな中でも僕が最も昼間と夜のギャップを感じるのがインターフォンである。

 僕は仕事で朝まで起きてることが多く、午前中にインターフォンが鳴る時は大抵ベッドの上にいる。「ピンポ〜ン!」という無神経でガサツな音に僕は夢の中から引きずり出され、「何やねんこんな朝早くから・・」と舌打ちしながら無視したり、「・・・あっ、今日あの荷物が届く日か!」と慌ててベッドから飛び起きたりしている。14時頃から鳴らされるインターフォンは、宗教などの勧誘らしき帽子を被った二人組のおばさんが多く、わざとやろと思うほどインターフォンのモニターに顔を近づけて立っている。一瞬ぎょっとはするが、それでも昼間なら「またかいしつこいなぁ、一回ちょっと出て行って文句言うたろかな」と思うくらい強気でいられる。

ところがどうだろう、休みで一日家にいる日の18時を過ぎた頃から、インターフォンの音色はその様相を一変させる。それまではいくらインターフォンが鳴っても強気でいられたのに、18時を過ぎた途端に、「えっ・・、なに・・誰・・?」と恐怖が足元からじわりと這い上がってくるのだ。不思議なのが感覚的にはまだ17時をちょっと過ぎた辺りだろうと部屋でくつろいでいても、インターフォンの音に恐怖を感じて時間を確認すれば、やはり18時を過ぎている。外的な要因で恐怖が煽られている訳ではなく、一定の時刻を過ぎた瞬間からインターフォンの音自体が変化して聞こえているのだ。
 昼間に聞く「ピンポ〜ン!」という神経を逆撫でするような鮮明な音ではなく、夕刻を過ぎて聞くその音は、「ピ〜・・ン〜・・ポ〜・・ン・・・」と湿気を帯びて纏わりつくように部屋の中へ侵入してくる気がする。今日は休みだし料理でもしようとキッチンに立っていても、その音が鳴った瞬間に、豪快に煽っていたフライパンをコンロに置いてそっと火を消してしまう。テレビの音で在宅がバレるかもと、忍足で素早くリビングに移動してテレビの電源も落とす。配送業者なら21時までは配達の可能性があるし、最近引っ越してきたお隣さんが挨拶に来たという可能性もある。でも、もうその段階ではモニターを確認できない程の恐怖が迫り上がって来ている。何でもいいからとりあえず今日は早よ帰ってくれと息を潜めていると、あのおどろおどろしい音がもう一度部屋に侵入して来る。

 なんで2回鳴らすねん、もしかして俺が部屋に居ることは分かってるっていう合図なんちゃうか?
 インターフォンを鳴らす者と自身とは頑丈なアルミ製の扉で隔てられてる筈なのに、障子一枚分の隔たりしかないほど心細い。玄関の外に髪の長い女が立っているというイメージが勝手に頭の中に流れ込んでくる。昼間は全く気にならないのに、玄関の鍵をかけ忘れてるんじゃないかと不安になってくる。恐怖を押し殺し身を屈めながら玄関に近づき確認すると、チェーンまでしっかりと掛けられているのが見え胸をなでおろす。でも今ドアノブをガチャガチャと回されたら僕は耐えきれず絶叫してしまうだろう。そんな心配をよそに玄関の外で動き出す足音が聞こえ、その音はゆっくりと離れ遠く消えていった。

 しばらくして玄関を確認すると配送業者からの不在票が挟まれていた。これは確か置き配の指定をしていたものだ。再配達の設定を明日の午前中に設定し直して、もし明日の昼間にまたインターフォンを鳴らされたなら、今度は食い気味に応答して「もうそこに置いといて下さい!」と強めの口調で言ってやろうと誓った。



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