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僕たちの知らない世界で

僕のところには、
野鳥だけでなく、
子どもたちも遊びに来る。

複数人で遊びに来る子たちもいれば、
いつも1人で来る子もいた。

ある女の子は、
よく1人で絵を描いていた。
ある時は、足首まで濡らして
僕の中で遊んでいる。
転ばないように気をつけてね、と
僕は気が気でない。

野鳥が羽休めを終える頃には、
スケッチもそっと閉じて
どこかへ帰ってゆく。

僕だけは、ずっと君の友達だよ
そう思いながら、
いつもその背中を見送った。



ある日も、
女の子は僕のところにきて、
ちんまりと小さく座って絵を描いていた。

女の子の帰り際、
いたずらのように強い風が吹き、
描いた1枚を空高くへ奪っていった。

途方に暮れた女の子が帰った後、
木に引っかかったそれを見てみると、
なんとそこには僕がいた!


野鳥や、
一列に並ぶ木々と一緒に
真ん中には堂々ときらめく水色の僕。


木も鳥も僕も、
本物よりも単色だったけれど、
僕はその色がとても気に入った。

女の子が見る世界を
もっともっと見てみたいと思った。


そして、
おてんとうさまにお願いしたんだ。


―僕に女の子の世界を見せてください



願いが叶ったのは、
3日後のことだった。

やってきた女の子は、
あの絵と同じような
水色のワンピースを着ている。


―君に1日、時間をあげよう


おてんとうさまの声が聞こえると、
女の子の水色のワンピースが
目を凝らして見ないと分からないほどの
繊細なグラデーションになった。


僕は、
女の子のワンピースになったのだ。



女の子は、
今日も絵を描こうとしている。
けれでも、いつもと違って
クレヨンを選ぶ手が動かない。

目の前は、
澄んだ青空とは正反対に、
曇った灰色のような小川だった。


色を塗るのを
諦めた女の子は歩き出す。

今まで、僕の表面を
撫でていた風だったけれど、
今日は、上から下から横からと
吹き抜けてふわふわと気持ちいい。


女の子が向かった先は公園だ。

運よくブランコが一つ空いていて、
女の子はリズムよく漕いだ。

前へ後ろへと
次第に大きく揺られる間隔は初めてだ。

ワンピースでなかったら、
僕は勢いよく零れおちるだろう。


いつの間にやら
女の子は、
公園にいる子どもたちと
仲良くなっていて、
鬼ごっこが始まった。


僕は、驚いた。
そして、女の子が友達と
楽しそうにしていることが
とても嬉しかった。


鬼につかまりそうになる
ドキドキと、
つかまえるぞという根拠のない自信に
胸を弾ませながら、
夢中になって一緒に走る。



気が付くと、
空はオレンジ色になっていた。


家に帰ると、
リビングからカレーの匂い。

いつも、
雨が降り始めたときの匂いや
季節によって変わりばんこする
植物のほのかな香りに囲まれているから、
その強さに驚いた。


「おかえりなさい。」

手を洗って席につくと、
優しい声で
お母さんがカレーをよそってくれる。


「あら、そのワンピース。
そんな色だったかしら?」

お母さんに
そう言われて、
女の子がうつむいた瞬間、
スプーンからルーが僕に零れ落ちた。


あちちっ。


「あらあら。
今、着替えちゃいなさい。
染みになる前に洗っちゃうから。」

お母さんはそう言って、
僕をとんとんと優しく叩いたあと、
洗濯機を回した。



ぐるぐるぐる。  

      くるくるくる。

永遠のように感じられる時間。
流れるままに回っていると眠くなった。



いつの間にか1日経ったみたいだ。

ふと気がつくと、
僕はもとの場所に戻っていて、
どこかずっと遠くで
「あら。洗ったら元の色に戻ったわね。」お母さんが、なんでもないように
言っているのが聞こえた気がした。


あとで知ったことだけど、
僕がいなかったあの日は、
小川に色がない!
と、子ども達の間で
ちょっとした騒ぎになったらしい。


今日も僕は、
子どもの君を待つ。

僕の知らないところで、
もっともっと明るく
輝ける一面を持っている
頼もしい君を。


今日の僕は、
全身に空模様のワンピースだ。

記事を見つけて下さり、最後まで読んでいただきありがとうございます。 少しでもなにか心に残るものを届けられていましたら、こんなにも嬉しいことはありません。