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11:父と母、それぞれの事情①

マガジン「人の形を手に入れるまで」の11話目です。まだ前書きを読んでいない方は、こちらからご覧ください。

母方の祖父母の強制力で、父は母と結婚することを余儀なくされた。この時のことを振り返るとき、父が笑いながら「あれは酷い騙し打ちだったなぁ」と話したことを覚えている。そうだろう、そこまで恨んでいないにしても突然の結婚だ。青天の霹靂だっただろうことは想像に難くない。

父はもともと自由な人で、船乗りになる夢を持っていた。「世界の海を股にかける」…自由を絵に描いたような仕事を夢見ていた父。しかし、世界経済は大きく荒れ、時代はオイルショックを迎えてしまう。『船乗りになる』夢を志半ばで諦めることになった父は、持ち前の要領の良さを発揮して大手商社への就職に成功した。しかしそれは自由への憧れに反する大幅な進路変更だった。

進路の大幅な転換、大学卒業と同時の強制結婚。自由を愛する父にすれば、自分の力ではどうにもできないことで自由を奪われた激変の時期だっただろう。結婚直後の頃を母が振り返る時、「父は自分勝手で、遊ぶ為に仕事をする人で、家庭を顧みなかった」と評するが、状況を考えれば仕方ない部分もあったと思う。しかし、幼少期から「遊ぶこと」を容認されない生活だった母から見れば、自分が遊ぶことを優先する父の姿はさぞ不真面目に映ったことだろう。

また、父は4兄弟の末子で、かなり甘やかされて育っていた。愛嬌があり要領がよく、子供の頃から「してもらう」「買ってもらう」感覚に慣れていた父。そんな父の金銭感覚は甘く、社会人一年目にして賭け麻雀の負債が100万円ほどある状態だった。

この金銭感覚を母は許せなかった。厳格な家で厳しく躾けられた母にとって、これは「お金にだらしない」という言葉では表せられなかった。一方で、「してもらう」が当たり前だった父からすれば、母が自分のためにお金を工面しないことが理解できなかった。

お互いが金銭感覚の対極にいる状態で、結婚生活がうまくいくはずもない。2人は度々喧嘩し、その度母は離婚を考えるという生活が続いたが、母は家族への憧れを捨てきれなかった。そんなある日、母の妊娠が発覚する。

『子供が生まれれば父の感覚も変わるかもしれない』。そう考えた母は私を産むことにした。子供が生まれれば『父親』としての自覚がきっと生まれる、そうすれば理想の家族になれる。母は幼少期の体験から『家族』というものに強烈な憧れと理想を抱いていた。子供さえできれば。そんな気持ちだっただろう。

だが、残念ながらその思いに反して父は変わらなかった。父には父の、変われない事情があったのだ。


駆け出しライター「りくとん」です。諸事情で居住エリアでのPSW活動ができなくなってしまいましたが、オンラインPSWとして頑張りたいと思います。皆様のサポート、どうぞよろしくお願いします!