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【SS】始まらなくても

映画のエンドロールが終わり客電が灯くと眞美は大きく背伸びをして席を立つ。
レイトショーの旧作映画のため、客は眞美の他に眞美の2列後ろに一人だけだ。
忘れ物の確認ついでにもう一人の客をちらりと盗み見る。平日のレイトショーでこんなに観客の少ない旧作映画を見に来るのはどんな人かと気になったからだ。
金髪の男性が帽子をかぶり席を立つところだった。背高いし眉間にシワ寄ってるし怖そうだな、と視線を戻す。
「あっ!」
思わず大声を出してしまった眞美を通路を歩き出していた男性が驚いた様子で振り返る。
「…え」
「すみません、Tシャツ同じだったのでびっくりしてしまって、つい」
眞美が慌てて言い訳すると男性が笑い出す。
「こんな空いてる映画見てる人間が同じTシャツ着てるって、なんか面白いですね」
そう言って眞美に向けられた笑顔は怖そうな印象などかき消して親しみやすいものだった。
「良かったら写真撮りませんか?こんな面白いこともう起こらないと思うし。もちろんSNSには載せないので」
そういう男性に眞美は無言でうんうんと大きく頷く。
シアター内は暗いためロビーに移動し映画スケジュールの電光掲示板の前で、お互いのスマホで自撮りをする。
映画館を出ると蒸し暑い空気が押し寄せる。
それじゃあ、と手を振りお互いの帰路につく。
電車の中で映画の半券とスマホの中の写真を眺めながら穏やかな満たされた気持ちに浸る。
何も始まらないのに一生忘れられない出会いもある。

少し前に旧作のレイトショーを観に行った時の話。
GUとかのTシャツが被った訳ではなくインディーブランドのTシャツが被ったので衝撃がでかかった。

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