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おしゃれした母と    春の遠足に出かけよう


「赤い口紅💄買ってあげる」
そう言うと手を振って母は
「いらんよお」
と言う。

父が亡くなって、間もなく一周忌。
母はちょっぴり小さくなった。

父が寝たきりになったとき
文句を言いながら世話をする母は
なんだか生き生きして見えたのに。

父が自分に甘えることが
嬉しかったらしい。

「元気なときの仕返し」

そうお茶目に笑って
父のオムツを替えた。

「おとなしくして。」
嫌がって身をよじる父のお尻を
ぱんぱん軽くたたく顔は
まるでいたずらっ子みたいだった。

仕返しとは


母は梅干し事件を
根にもっていた

(父が好きだと言うから、新婚当時から、1日も欠かさず、何十年も出し続けたのに、ついこの間「梅干しはあんまり好きじゃない。」と言われたのだ)


母は旅行キャンセル事件を
根にもっていた

(父が珍しく旅行に一緒に行くと言うので、母はいそいそと飛行機のチケットを取った。行き先は九州。ところが直前に飛行機は嫌だと、父がキャンセル)


母は娘の名前で、何度も父に呼ばれたことを根にもっていた

(痴呆が始まり、甲斐甲斐しく世話をしてくれる母を、こともあらうことか、私の名前で呼びつけたことが何回もあったらしい)

これはそうとう根深く、父の逝去後もよく口にしている。


そして今は

母は父が先に旅立ったことを
根にもっている

「夜が長くなった。」

「やることがなくなった。」

「話し相手がいなくなった。」

そう独りごちる母

二人の娘は、とうに嫁に行って
一人暮らしになった母

食卓には
なぜか
毎日、梅干しがのっている。

好きではないくせに。

ねえ。遠足に行こうよ。

桜が咲き始めたよ。
おしゃれ✨して出かけよう。

「口紅💄買ってあげるから」

春の遠足だよ。
持ち物は

父の写真と
梅干しのおにぎりと
とびきりの笑顔

ねえ。春の遠足に行こうよ。


この記事は
「亡き父の言葉は、
   私の中によみがえる」https://note.com/ab158515/n/nbd5b7b97317d

と合わせて読んでいただけると、さらに深いものになります。


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