見出し画像

サラリーマンでも行ける‼ ヨーロッパ1週間旅 モンテネグロ・セルビアの旅②

  ティバトは海岸近くにある空港のはずだが、かなり地表近くまで飛行機が降下しても周りは山ばかりだった。しかも山には木が生えていない。「モンテネグロ」とは「黒い山」という意味で、中国ではそのまま「黒山」と表記するが、これらの山々が黒く見えたからだという。
 空港を出るやいなや体の大きい男性が「タクシーはどうだ」と声をかけてくる。普段は貨物専用空港で公共交通機関もないため、移動するにはタクシーしかないのだが、真っ先に声をかけてくるドライバーは警戒してかかる必要がある。
 こちらがホテル名を口にすると、相手は「50ユーロ」と言って来る。モンテネグロは初めての国で物価もわからないし、空港からヘルツェグ・ノビィまでの距離もわからない。値段交渉をしようにもこちらには全く材料が無い状態だ。私が決めあぐねているのを見て、相手は「フェリー代も込みだ」と言ってくる。はて、ティバトはモンテネグロ本土だし、ヘルツェグ・ノビィが島にあるという話も聞いていない。海を渡るわけではないのにフェリーとはどういうことだ。「フェリーを使わなくていいから、安く行けないのか」と聞くと、手を蛇のようにうねうねと動かして「とても遠回りになる」と言う。どうにもわからないことが多いが、私たちが飛行機の乗客の中で最後に入国したこともあり、他のタクシーは先客を乗せて空港を発ってしまっている。この男に頼るしか無いようだ。

 車は静かな海を左手に見ながら走る。途中にポツリポツリと建物があり、海水浴客用のビーチパラソルがいくつも広がっている。常に向かい側にも山があるので、大きな入り江の淵を走っているらしい。となると、フェリーとは入り江の対岸に渡るためのものなのだろう。
 その「フェリー」は、確かに車を運ぶ船なのだが、客室どころか屋根もない、大きな鉄板を浮かべただけのような形をしていた。それでも車の外にでると海を渡る風は心地よく、緑がかった深い青色の海が美しい。「写真を撮らないのか?」とドライバーが尋ねてくる。
 対岸に渡ったタクシーは、今度も左手に海を見ながら走る。建物が増え、小さなホテルやレストランが次々に現れる。ヘルツェグ・ノビィがどの程度の街なのか全く分からなかったが、これなら食事に困ることも無さそうだ、と思っていたら車はその街を通り過ぎる。目的地はまだ先らしい。もう1時間は走っているだろうか。これなら50ユーロも仕方なしか。

 車は、大通りを外れ、緑が多い前庭がある小さな建物の前に止まった。この建物がホテルのチェックイン棟らしい。レセプションにいくと「チェックインは14時から」という。時間は12時少し前。荷物を預かってもらい、昼食を食べに出る。
 ホテルを出て少し行くと小さなロータリーがあった。それに面して薬局と、魚の絵の看板が書いてあるレストランらしき店があるが、後者は閉まっている。誰一人歩いていない。食事どころかお茶すら飲めそうにない。ヘルツェグ・ノビィとはこんなにもさびれた街だったのかと落胆する。
 20~30メートル先にアイスクリームやジュースを売っている店があり、中で座れそうだったので、そこに入る、この日は雲一つない快晴で、日差しが猛烈に強い。食事できる店を探してむやみに歩き回ることは熱中症の危険があった。
 冷たい飲み物で一息つき、ガイドブックを開く。この街に関する情報は少ない。地図もほんの一部しか載っていないため、今は街のどの当たりにいるのか、繁華街はどこなのかさっぱり見当がつかない。ただし、ガイドブックによるとヘルツェグ・ノビィには沖合を通る船を見張った「カンリ・クラ」という砦があり、地図にもそれが載っている。船の監視用だから高台にあるはずだ。今いる店の道路の向かい側はちょっとした高台になっていて、その一方は海に面している。この高台が砦ではないだろうか?それならば現在地がわかる。
 そこで、2人の中年女性店員に手持ちの地図を見せ、高台を指さして「カンリ・クラ?」などと聞いてみるが要領を得ない。英語が一言も通じないのはさっき買物をした時点で確認済だ。2人の店員が現地語でそれぞれに何かを説明してくれているのを聞いていた妻が「スペイン語で『海岸』に似た言葉を何回か言っているので、海岸に行ってみたら何かあるのかも」という。妻はスペイン語がそこそこできる。スペイン語はイタリア語と似ているし、モンテネグロはイタリアとはアドリア海を挟んだ向かい側だ。スペイン語とモンテネグロ語に似た単語があることは十分に考えられる。
 
 店を辞して海岸を目指す。よく見ると先ほどのロータリーのところから、人一人がやっと歩けそうな小道が下の方に向かって伸びている。そこを進むと、世界は一変した。海岸とそこにずらりと建ち並ぶ飲食店や土産物店の数々。そして水着やタンクトップにショートパンツ姿の老若男女がワラワラと歩いている。まあ、考えてみればビーチリゾートなのだから、海沿いが栄えているのは当たり前なのだが、あまりに暑くて少しでも歩く距離を減らしたかったことと、初めにロータリーから海岸に出る道が見つけられなかったこともあり、完全に思考が止まってしまっていた。日本で言ったら海の家とレストランの中間ぐらいの店で昼食をとり、14時になるのを待ってホテルにチェックイン。

 ホテルは海に向かって落ち込む斜面を使って建てられている。最上階がチェックイン棟で、その下が客室、屋外プール、そして歩行者専用の道路を挟んで海となっている。
 まずはプールへ。その後は海へ向かう。ただしヘルツェグ・ノビィにはいわゆる「ビーチ」はなく、みな海を埋め立てて造られたコンクリート製のデッキのようなところで甲羅干しをしたりしている。海へはそのデッキから梯子で降りるのだが、深い入り江だから波は全くと言っていいほど無く、海水プールのようだ。
 夕暮れまでプールと海を楽しみ、海沿いの歩行者専用道路を歩いて夕食へ。帰りはホテルを通り過ぎて反対方向へ行ってみる。
 すると「マッサージ」の看板を掲げた店があった。一方の出口が塞がれた半円形のトンネル状の変わった形の店で、男性が一人いる。しかし英語が一言も通じない。すると友人なのか英語を話せる男性を連れてくる。彼の通訳によると施術は1時間だそうだが、施術者はこの男性しかいないとのこと。1人ずつ受けると一方は1時間待つことになる。それは余りにも時間を持て余す。そこで30分ずつ施術をしてもらうことにした。
 世界の様々な国でマッサージを受けたが、日本・中国(台湾)以外は、総じてソフトだ。しかし、ここのはかなり本格的で、骨がポキポキと音を立てる。マッサージというより整体だ。まさか、モンテネグロでこんなマッサージを受けられるとは思えなかった。妻は体のゆがみで左右の足の長さが違っていたのだが、施術後はすっかりそれが治っていた。
 余りの気持ちよさに、「明日も同じ時間に来ます」と伝える。相変わらず言葉は一言も通じなかったが、紙に日付と時間を書いて見せたら、通じたようで深く頷いていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?