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屋久島と東京のものさし

昔、ずっと東京で暮らしている人より、上京してきた人の方が、いわゆる東京の情報に詳しかったり、いろんな習慣に敏感なことに疑問を持っていた。元々住んでいた町との差を感じたり、比較してみることでわかることがあるのだろうかと。

数ヶ月に1度、東京と屋久島を行き来している。その中で日々感じることは、「屋久島」と「東京」の違い。これを感じて生活せざるを得ないのだが、その差を意識することで30年以上生活した東京を自分なりに再認識できた。

  • 気候や生活

  • 暮らしの便利さ

  • 地域の習慣

  • 人の温度

  • 近所付き合い

やっぱり1つの視点でしか物事を見れないと、その全体像を理解するのは難しい。例えば、いくら東京が便利といったって、不便な街で暮らしてみないことには実感できない。本当に東京は人が冷たいよねぇと言ってみても、他の街で生活して人の温かさを体感してみないと、なんか空虚。その比較する街が私にとっては屋久島だった。

ここに見える富士山くらい世の中を俯瞰するのが目標

そんなふうに考えると、ずーっと1つの視点であったり場所にいる、いわゆる定住生活に慣れてしまうと物事の捉え方も硬直化してしまうのではないか。きっと定期的に複数の視点が持てる環境を作っておくことが大事。そしてその環境を手に入れるには、複数の環境下で過ごすことが必要なのだ。定期的に2つの地域を往復してみて、どこで生活するとしても「複数の物差し」を持つことの重要性を感じた。

先日、屋久島で生活している感覚(挨拶はまるで登山客のように)で、東京の家の近所を歩いている見知らぬ子連れのお母さんに目が合って挨拶してしまった。多分相手はびっくりしたのだろう…。地域による挨拶の温度感を知っていても、自分の「習慣」を止めることはできなかった。習慣の力、恐るべし。

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