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三島由紀夫「三熊野詣」(追記)

私の時間を返してほしい。

この小説の主題は、「美しい過去と退屈な現在」だ。三島本人の言葉である。

しかし、この短編は本当に悪意がある。
文庫の解説者まで、「意地悪すぎるほど意地悪な」作品と呼んでいる。

藤宮先生―折口信夫氏がモデルの―と付き添いの女性、常子の小説。
藤宮は熊野の3つのお宮に「香」「代」「子」と書かれた櫛を一つずつ埋めていく。
それは藤宮が若い頃の恋人で、まだ少女の香代子と、藤宮は、彼が六十になったとき熊野のお宮を二人で参拝する約束を交わしていた……そんな話だ。

やたら長いくせに話はつまらない。
私は三島の出来の悪い作品の詰め合わせハッピーセットを読む羽目になった(作中で永福門院の短歌が出てくる。本編より面白い)。
いっそ逆さまにした電話帳を読んだほうが有意義なほどだ。

発表年は昭和四十(1965)年。三島由紀夫は40歳。 
こんな短編を40の男が書いたと思うと、何か手首を掴んでやりたくなるような、怒りに近い失意を感じる。

(追記)話のネタは、しかしなかなかロマンチックだ。初恋に殉ずる老人。泉鏡花の「縷紅新草」を思い出す(ちょっと違うが)。
三島の、人を小馬鹿にして唾を吐く文章さえなければ、もう少し良い作品になったかもしれない。


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