最近読んだ本

「はつなつみずうみ分光器」瀬戸夏子編著。二〇〇〇年代以降に出版された歌集を約三十ほど収録した短歌アンソロジー。
そのなかに異質な歌風の歌人がいたので紹介したい。

排卵日小雨のように訪れて手帳のすみにたましいと書く 山崎聡子作

その他の歌も列挙する。

真夜中に義兄の背中で満たされたバスタブのその硬さを思う

義兄と見る「イージーライダー」ちらちらと眠った姉の頬を照らせば

「秘密ね」と耳打ちをして渡された卵がぐらぐら揺れるポケット

「センセイの部屋はなんだか冷蔵庫みたい。冷たい床もにおいも」

あの人の手のつめたさやこの部屋の甘いにおいを覚えておこう

塩素剤くちに含んですぐに吐く。遊びなれてもすこし怖いね。

理科室のホルマリンに似た甘い香が夏の土から匂い立つなり

終バスに浅い眠りを繰り返しどこにでもゆく体と思う

枝豆を裸の胸にあてがってほら心臓、縮んだ、わたしの、

夕闇のきみ、指先にて湿りゆくマルボロあれを花火と呼ぼう

さようならいつかおしっこした花壇、さようなら息継ぎをしないクロール

ともに住むこわさを胸にのみこんでかすれた声で歌うバースデー


少女の秘密の匂いと分かち合う大人の共犯者の暗い悦びを、どの歌も匿っているように思う。あるいは忘れたはずの前世を耳元で囁かれるような後ろめたさが付き纏う。美しい短歌に出会わせてもらった。


「ルバイヤート」オマル・カイヤーム作、矢野峰人訳。

最後まで太宰治が手元に残した詩集であり、「人間失格」のなかにも引用が出てくる。
ただ、こう書くと太宰の引力でどうにも暗く思えるかもしれない。なのでひとまず引用する。

まだ明けやらぬしののめに/旗亭のなかの声は言ふ―/「さめよ、人の子、みたせつき生命いのちの酒のつきぬに。」

第二歌

◯「しののめ」は「空が明らむころ」、「旗亭」は「酒屋」。

ふるきのぞみもよみがえる/睦月むつきとなれば幽人も/あくがれゆくか、花しろく/草よみがへる野に山に。

第四歌

◯「睦月」は「一月」ここでは「新年」の方がいいだろうか、「幽人」は「世捨て人」。

イラムの園も花と散り、/王の霊杯いづくぞや、/さはれ葡萄ぶどう紅玉るびり/水際みぎわの園に花ぞ咲く。

第五歌

「さはれ」は「それでもなお」、「水際」は「常に波が打ち寄せる水辺」。


どうだろうか、ただ暗い詩集ではないのが分かってもらえただろうか。
解説の言葉を借りれば「達観に基づく酒ほがいの詩」―「ほがい」は「褒め称える」―その快い諦めの持つ喜びに「ルバイヤート」は満ちている。

ただし「ルバイヤート」は単なる享楽主義、現世主義への逃避ではない。たとえば以下の歌。

世の人々のあくがるる/希望のぞみはむなし、さかゆとも/沙漠の上の雪に似て/しばしかがやきやがて消ゆ。

第十四歌

「さかゆとも」は「一度は栄えたにしても」。

「今日」にそなふるものみなに、/「明日」をのぞめるものみなに、/「闇の塔」なる声の言ふ―/「何にかまよふ痴者しれものよ。」

第二十四歌

語るをやめよ、うつし世の/余はいつはりに過ぎずして/一事ひとことのみぞまことなる―/「落花は枝にかへり来ず。」

第二十六歌

ここには人の生の有限を見極めた後、このつかの間の生をなお明るく華やがせようとする、認識の上に成り立つ陶酔がある。そして花と麗人と美酒の華やぎの背後に消えない死の暗がりが控えている。

言いたいことは言い尽くしたので後は筆者が特に美しく感じる歌を引用して終わる。

生の秘儀をばまなばんと/わがくちづくるつきの言ふ―/「世にあるかぎりただ呑めよ、/逝けばかへらぬ人の身ぞ。」

第三十四歌

かく片言かたことにいらへせしつきかつては興じけむ、/またこの後もいくそたび/人とくちづけかはすらむ。

第三十五歌

前歌の続き。「片言」は「ちょっとした一言」で前歌の「世にあるかぎり……」を指す。「いらへ」は「返事」、「いくそたび」は「幾度となく」。

またさきつ日のゆふまぐれ/ひそかに酒屋おとづれし/天使が肩に載せたるは/美祿びろくを盛れるかめなりき。

第四十二歌

「さきつ日」は「先日」、「ゆふまぐれ」は「夕方の薄暗いころ」、「美禄」は「美酒」。

げに人の世は走馬燈、/かの日輪をしょくとして/箱のめぐりを往来ゆききする/影法師こそわれらなれ。

第四十六歌

くちづくるくちむ酒も/なべての帰する「無」となるも、/なおぢそ、君もやがてまた/「無」にかへるべき身にあれば。

第四十七歌

「なべて」は「何もかもが」、「なおぢそ」は「な……そ」の禁止と「おづ(怖づ)」の組み合わせで「どうか怖がらないでおくれ」。

河堤つつみ薔薇ばらの咲けるに/老カイヤムと酒酌めよ、/かくて天使のおとなはば/ひるまず干せよ死の酒を。

第四十八歌

「河堤」は「土手」、「老カイヤム」は作者のウマル・カイヤーム自身を指すだろう、「おとなはば」は「訪れたなら」。

わが世ひらけしそのあした/運命の手が空高く/星辰ほし宿やどりめしとき、/わがたましひと塵の身に

第五十四歌

衰ふる身に酒そなへ、/かばねはあらひ葡萄葉の/寿衣につつみてうつくしき/園のほとりに埋めてよ。

第六十七歌

「寿衣」は「死装束」。

綺羅星のごと居ならべる/まらうどに酒すすめつつ/すでにわれ亡き座に来なば/盃伏せよ―吾妹子よ。

第七十五歌

「まらうど」は「客人」、「吾妹子」は「妻」。
◯死から生へ逆光を浴びせるような最終歌。

李白の「月下独酌」や井伏鱒二の「厄除け詩集」の「コノサカヅキヲ受ケテクレ(略)」、あるいは若山牧水の「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」―詩人は酒と愛し合うすべを知っている。
作家は悲惨だ。ヘミングウェイにレイモンド・カーヴァーに……誰も彼も苦しみ抜いた。

読者においては酒に親しみたければ詩を、酒を断ちたければ小説を読むことをお勧めしたい。

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