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歯の抜ける夢は何故あんなにもリアルなのか

 僕はそれを夢だと気づかない。いつもそうだ。口の中にある歯の根本がグラつく。小児の頃、乳歯が抜けそうになっていた時と同じように、舌を歯と歯茎の間にねじ込むことが出来る。歯の下側はギザギザだ。舌をそのギザギザに擦りつけていた感覚を懐かしく思いながら繰り返す。
 それを何度か繰り返すと、歯が取れる。一瞬前まで歯に覆われていた歯茎は柔らかい。その感触も懐かしい。小学校以来か。ほんのり血の味。ジュクジュクした歯茎。僕はそれを堪能する。

 しかし平和な時間もそれまでだった。グラつく歯は実は一本ではなかった。途端に他の全ての歯がグラついてくる。僕は焦る。なぜ僕の歯が全て抜け落ちそうになっているのか。僕には何も分からない。先刻の幸福感が嘘のように消え失せる。ああ、このまま全ての歯を失って何十年生きていかねばならないのか。僕は自分の身体から大切なものが零れ落ちるような気持ちになる。

 喪失感。

 そして一斉に僕の全ての歯が抜ける。ボロボロと抜けていく。硬い歯がそれぞれ僕の口の中に溢れる。ザラザラする。ガチガチする。モゴモゴする。僕は術を失う。息をするのも叶わない。窒息感がある。そして確かに、僕の歯茎からは全ての歯がなくなっていた。間違いない。舌で触っているのだから。柔らかな歯茎と、硬い抜け落ちた歯。ともにあるべきものが離れてしまっている状態。絶望の気持ちが僕を満たした。


 そして僕は目を醒ます。舌で口の中を探る。良かった、歯は全て無事だ。しかし疑問だ。いつ歯を失う夢を見ても、歯のザラザラ、歯と歯茎の間に舌をねじ込む感覚、歯茎のジュクジュク、血の味、窒息感、全て妙にリアルだ。他の夢をいくら見ても、触感がリアルな夢は他にない。しかも、僕の口内でそれを再現するものは無さそうだ。だが、夢の中では確かに感じている。硬さ、柔らかさ。
 僕はなぜ度々歯を失う夢を見るのだろう。もう十年以上は見ている気がする。一時は一ヶ月ほど毎夜連続で見ているほどだった。その原因も気にはなる。しかしそれ以上に、感触のリアルさがいつも腑に落ちない。歯の抜ける夢は何故あんなにもリアルなのか。

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